夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

『楽園のディオニュソス』東方神起の短編(チャンミン記念企画)


オックスフォードから院だけこっち来てて。
モデルみたいですごい顔してるの。
すごい顔ってどんな顔だよ。
ユノも来て見てよ。本当にすごいから。
いや、男見ても仕方ないよ。
見たら驚くよ。ユノより格好良いし。
「そんなこと言って」
妬かせたいだけだろうといつものように思っていたら、あれか、と女のキャンパスで立ち尽くした。
「ね?すごいでしょ」
「いや、すごいけど。なんか色んな意味ですごくない?」
この子は結構面白くて、まとわりついて来る女たちの中でさすが、最難関大学行ってると言うか、気持ち良い会話するし、家事も上手いし、本当に付き合うことを考えたこともあった。
だけど、俺に嫉妬させたいそこら辺の女と同じようなこと初めて言って、何だこいつもかと、ちょっとがっかりしたりして。
でも、来たら即完売して手に入らなかったアーティストのチケットどうにか入手するとか可愛いこと言われて、あまり期待していないけど、夕方に押しかけて来る女から逃げるように、彼女と部屋を出て、久しぶりに自分のじゃない大学来たなと、うっとり視線を投げて来る女の子たちの間で、サングラス越しに眺めた。
「タトゥーだらけだな」
「首から見えるのちょっと良いよね」
あの大きなデザインは首だけじゃないけどな。
背中全体あるだろうし、手首にも少し見えてるのは、多分そこから繋がっている。
「顏に似合わないな」
「だよね、そういうのも良くない?」
「そうかな」
ばちっと開いた二重のでかい目で、丸っこい頬の可愛らしい顏してるのに、俺より背は高そうだわ、筋肉質な体してるわ、何よりあんなタトゥーして、アンバランスな奴。
ファッションも、胸元に一つロゴが入っただけの黒い長袖のTシャツにジーンズで、目立たない大人しそうな格好で……前から来て通り過ぎた。
「ユノ。友達になったら?声かけてみなよ」
「はあ?」
お前何言ってんだ。
この真夏に腕に絡んでいた彼女を見下ろす。首まで日焼け止めを入念に付けた、甘い匂いの白い綺麗な顔で突拍子もないこと言うんだな。
だけど、なるほどと思った。
何で女って自分より格上と思った男には手を出せないんだろう。
これを狙ってたのかと、苦笑いする。
そういうとこも、この子は結構面白い。
「良いよ」
と答えると、目頭切開したらしい大きな魅力的な目が見開かれた。
「何だよ」
そんなに俺が素直に行くとは思わなかったのか。
「え、今声かけるの?」
色を抜いた長い髪を触り出した。
スタイルの良い長身の、その髪を俺も少し梳いて「綺麗だから大丈夫」と声かけてから離れた。
踵を返して、太陽が照り付けるキャンパスで、通り過ぎた人間の隣についた。俺の後ろに小走りで女の子もついて来た。
「なあ、ちょっと」
足はすぐ止まって、こちらに向いた。
睫毛の多いでかい目が見て来た。俺よりやっぱり背高いな。
「友達になろう」
サングラスを外して、俺がそう言って笑うと、その眉間が一瞬寄る。隣にいた女が口開けて、「あ、え」と声を出した。説明しようとして何も出来ないでいる。
自分達の周りを囲むように、さっきからちらちらと見ていた女が群がり出した。しばし、時が止まったみたいにこちらを眺めてから、目の前の男が鼻で笑った。
「良いですよ。今日はもう授業ないんで。遊びに行きましょうか」
「うん、行こう」
俺が微笑むと、鼻で笑っていた顔を戻して、見つめてくる。
「ちょっと。私これから授業なんだよ」
焦った声を出されて、隣を見下ろした。普段余裕そうなやつが今日は大変そうだな。
「それぐらい休めよ、お前チャンスだぞ」
俺が言うと、突然真顔になって、そのまま綺麗な目が悲し気になった。
なんでだよ。無言で困惑すると、「これ休めないんだよ。あとで合流するから」と声を落として行ってしまった。
どういうことだよ、お前が声かけろって言ったんだろう。
呆然とスタイルの良い彼女の後ろ姿を見送っていると、
「あの子可愛いですね」
目の前の男もそちらを向いていて、二人でそうしていた。
「言ってあげたら喜ぶよ」
「二兎を追う者は一兎をも得ずって分かったらもっと可愛くなるかも」
「あ、そういうこと?」
タトゥー男に向くと、「まあ、どうでも良いですよ」と歩き出したから横に付いて歩いた。
俺もどうでも良いと言えば良いけど。
「俺、車なんですよ。乗ります?」
「何で車?」
涼しい顔をしてそれに答えず無言で歩かれた。何でソウルの中心地で自動車通学なんかしてるんだ。
というか、どこに停めてんだ。大学から出ちゃったけど。
「と思ったら、これかよ」
「自宅までで良いでしょうか?」
運転席から声をかけられ、隣が俺に「どうします?」と言った。「ああ……お前の好きにしなよ」狼狽えて言うと、「いや、漢南洞の方に」と前に向かって一言告げられた。
スーツ姿の中年男が、慣れた手つきで運転する。
柔らかいシートと、ぴかぴかの広い車内で、無言で外を見ている若い男。一見するとそこまで目立たない車だったけど、ここまで綺麗なのは乗ったことない。
「お前、金もちなの?」
正門から出て、隠れるような離れた場所で自分達が現れると運転手がドアを開けて待った。聞かなくても分かるけど、思わず聞いた。
「そうです」
繋がってはいるが、真ん中に一人分区切られた座席を挟んでこちらを見た。
「社長の息子?」
俺が聞くと、鼻で笑って首を横に振ってまた外に向かれたと思ったら、
「やっぱり、清潭洞の方にして下さい」
と言い直していた。俺は顔をしかめる。自宅ではない高級住宅地でお茶でもするってこと
だろうか。いや、酒でも良いけど。
日が傾いて来て、白いTシャツ姿の俺が窓に見え出した。地黒な上に今年は焼けたな。焼けるのは微妙だけど、サイドを刈り上げた赤茶色の髪には合っている気がした。
そして、着いてまた顔をしかめる。
「これ家だろ?」
新しそうなマンションのエレベーターに乗せられ、運転手はどこかに行ってしまい、男と二人きりになった。
「どうでしょう」
ボタンを押しながら俺をちらりと見て微笑まれる。硝子張りのエレベーターがどんどんと昇って行って、外の景色に軽く眩暈がし、下を向く。
あいつ来れるのか、と携帯電話を取り出して見たが連絡はない。
「顔小さいですね」
「ああ。よく言われるよ」
画面を見ながら答えた。
しかも、一番上か。
廊下の扉を指紋認証で開け、続いた廊下で暗証番号を入力している。
やっと、中に入った。
「やっぱ、家じゃん」
玄関の向こうの部屋から見える外はすでに色づいて来ている。
「飲み物持って来ます」
床が白く硬い石のようで、スリッパだと歩きづらく感じる。リビングらしい奥に通されると、広い部屋にソファーセットとほとんど使われてなさそうなカウンターになった台所があった。
ソファーに座らず窓辺に立つ。
前は空だ。
遥か下にソウルの街並みが見えた。
「異世界だな」
ぽつりと呟いて、何で俺はこんなところにいるんだと思った。
いったいどうなってんだ。
「世界は一つですよ」
隣に立たれると、改めてでかい背に少しぎょっとする。最近男友達といなかったしな。
「ありがとう」
冷えたコーラのペットボトルを渡されて開けて飲む。
隣も飲んでいて、横目で見た。
横長の口につけて飲んでる。
人間なんだなと思った自分に可笑しくなった。
女の子みたいな睫毛のボリュームの目がこっちに向いた。
「悪いですけど、さっきの彼女にはここに来させないでください」
「あ……そう」
可笑しい気持ちがなくなって、可哀想に、あいつ友達にもなれなかったなと思った。
「いえ、ここじゃなければ会いますよ。でも今日はもう外に出るの面倒だから」
「そう。分かった」
じゃあ、俺は一体ここで何してるんだと硝子にうつる小作りな自分の顏を見ながらこめかみをかいた。
こちらをじっと見ている隣の男が、俺に向いている。
「あなた面白いですね」
「お前に言われたくないけど」
笑いながら、ボトルに口付けると、隣も笑って「汗かいたんで、シャワー浴びて来ます。そっちも浴びます?」と言ってきた。
「いや、いいよ」
「じゃあ、また後で」
数時間しか外にいなかったし、クーラーですっかり汗は引いている。もともと出る前に浴びてきた。
日が落ちて、室内がオレンジに染まり出して、久しぶりに男と過ごすことを思った。
男友達と過ごしても、いつの間にか朝起きたら、隣に女がいるし。いや、それは俺が悪いんだけど。
中央のテレビとソファーセット以外に窓に向けて置かれた一人用のソファーもあって、そこに座る。誰が座るのか知らないけど、こんなところで独りで外を眺めている人間がいるのだろうか。
こんなの本当に世界に一人きりみたいだ。
ぼうっと暮れ行く景色を眺めて、外も室内も暗くなってきたと思ったらまた少しオレンジになった。
後ろを見ると、大きなルームライトをつけて、タオルで髪を拭いている男がいた。
無言で拭きながら俺の隣に立って、窓の外を見る。
ハーフパンツに黒いタンクトップ姿で、俺は見つめた。
思ったよりも凄いな。
ハーフパンツからも出ている。
後ろはほぼタトゥー入りだ。
「内緒ですよ」
外を見下ろしたまま無表情で呟かれた。
「内緒なんだ?」と聞くと、ふと笑って、耳まで伸ばされた茶色い髪を拭きながらカウンターの方に向かわれた。
「何飲みます?ワインとか。カクテルも作れますけど」
「そんなにあるんだ?」
俺も立ちあがって、そちらに向かう。
「あ、ちょっとタオル置いてきます」
バスルームかどこかに置いて来た後、俺に手早くどんなものが良いか聞いてカクテルを作った。
「クラブみたいだな」
「好きそうですね」
答えずに口角を上げると、俺を見て鼻で笑われた。
「どうぞ」
カウンター自体が白いライトのようになっていて、三角のカクテルグラスに入った黄色の液体と、不思議な状況と光景に見入った。完全に日は落ちたようだ。
「飲んでみて下さいよ」
「ジュースみたいだな」
甘い、果物の香りと味。
「これ名前とかあるの?」
黄色い表面を眺めた。
「パラダイス」
一口だけ飲んだ顔を上げると、横長の口の片端だけ上げて目を合わせてから、自分の分を作り始める男がいる。
確かにそんな味がした。
自分用に作っていたのは真っ青のカクテルだった。俺より大きなグラスに入っている。
「青いな」
「合うんですよ、俺に」
行け、と言う風に頭を動かされて、グラスを持ってそろっと窓際へ移動する。
「好きってこと?」
「全然」
振り向くと「ソファー座って」と言われた。
窓際に座りたいけど、そちらのソファーは一人用だ。「床で良いよ」そう答えて胡坐をかいた。
「気にしなくて良いのに」
呟いて相手がそこへ腰かける。
「俺、思ったんだけど」
下にはすっかり夜景になった景色がある。でも、ずっと下に。
ここは、物音一つしないなと思った。
「お前、財閥の息子とかなの?」
ソファーの男を見上げた。
大きな目を下に向けている。
「違いますよ」
だけどこれは家で、あの会話から少なくとも三つはソウルにあると言うことで。
確かに彼らの不動産量は桁が違う、しかし、それは住んでいるわけじゃない。でも言う通り、こんな暮らしぶりと目立つ外見をして、明るさと言うか華やかさがこいつにはないと思った。
「そういうものじゃないんですよ」
凝視するくらいに、大きな目は、遠く小さな光を見ている。
良く分からない、異次元に来てしまったように思えて、酔うために酒に口を付けた。
隣も黙り、何も教えてくれないのが分かって話を変える。
「お前、イギリスから来たんだよな」
「良く知ってますね」
まだ濡れた茶色い毛先から滴が垂れても気にせず、目は遥か下に向いている。
「何で向こうの院行かなかったの?」
「どこも同じだから、俺には。父の仕事を継ぐんですよ。卒業したらするんで、早めにこっちに帰って来て慣らしてます」
透き通る青い酒に口付けた。
自分も飲んだ。この甘い芳香のする果物の酒を飲みながら、ここにいると俺は今までの日常も良く分からないと思った。
生き方も、何をやって来たんだろうと思った。毎日似たような大学院生活。これから待ち受ける就活、学歴争い全部。
青い酒は三口で消えていた。
「強いな」
「そっちもなくなってますよ」
そう言われて、手元を見て気付いた。
「まだ飲むでしょ」
グラスをとるために出された手首から腕に入れられた黒いタトゥーは、繋がっていたが全部ばらばらにも見えた。
上から文字が重なっている。
「沢山書いてあるけど、どういう意味?」
「大したものじゃないですよ。次はどんなのが良いですか?」
顔を上げると、微笑まれた。言わないともっと気になるだろう。
「うまかったから同じので」と返したら、更に微笑んだ。可愛い顔してるのにな。
どちらにもさっきと同じ酒が作られる。白いカウンターで並んだグラス越しに聞いた。
「イギリスに帰りたくない?」
「なぜ?」
顎でまた、行けと指しながら、こちら側へ来る。俺もカクテルグラスをつまんだ。
「こっちより景色綺麗そうじゃん」
「悪くないけど新しくならない街は飽きますよ。ロンドンは良いですけど、俺がいたところは違うので」
「どんな街にいたの?俺行ったことないからさ」
黄色い液体を、そう言って舐めた俺の隣に来た。
「12世紀から変わらない町です」
「それ英語?」
グラスを掴んだ腕に言うと自分を見る。
「違います。食いつきますね」
「言わないからね」
「知らない方が良いこともありますよ」
青い酒が飲まれる。俺も目を逸らさず飲んだ。
「書体が違うだけで全部同じ言葉です」
男が苦笑してそう言うと、白いカウンターの光もあってその長身の身体に文字がまとわりついて見える気がする。くらりとして何となく細い自分の目を瞬く。
「じゃあその言葉が好きなんだ」
「ええ。これが俺を作ってますよ」
今度は頭で指されて、移動する。
黒い窓の側まで来て、「父の教えです。いや、モットーかな」と呟いて座った。俺は床にそうして、話は終わった風に微笑を浮かべて小さく散らばる明かりを見る隣を見た。
癖のある茶色い長い前髪は、すっかり乾いて大きな目にかかっている。そして、会話は途切れた。
「俺には良いだろ」
彼の視線が向いた。
「意味教えてよ」
なぜ出会ったばかりでそう言ったか分からないが、空に浮かんだ空間で、二人だけしかいない気分になったのかもしれない。甘く黄色いこの液体はこんな場所の名前だったような。
少し目を見開いている。俺は変わらず飲んでいた。
合わせるように青い酒を一口含んで、「さっき財閥って俺に聞きましたよね」と表情を和らげて言われた。
俺は浅く頷く。
「彼らはね、俺の父を頼りにしているんです。彼らだけじゃない。彼らのように社会的に地位のある沢山の人間が、父がいないとだめになってしまうんです。そんな仕事に合うんですよ」
と自分の腕を見下ろした。
「あなたは女性にモテますよね。それに似ています。沢山の女を泣かせてきたかもしれないが、彼女達はあなたに愛して欲しくて、あなたの心が自分にないこと、真実が違うことも、どこかで知っていてもあえて挑んでいるんです。だから、例え偽物の愛でも、あなたから受け取れば喜ぶ。でもそれで良い。分かっているのだから、泣かされたとしても仕方がない。そんな言葉です」
そう言って酒を持った腕の一番新しそうな文字に、反対の人差し指が置かれた。
「世界は騙されることを望んでる。ならば騙されるが良い」
ラテン語です。と見せるようにしていた腕を戻しながら、
「内緒ですよ」
茶目っ気たっぷりに言われた。胡坐をかいて、その整った顔を眺める。
「頼られてるのに騙す仕事なんだ?」
「仕事では別々の相手ですけど。核心ついてきますね」
「知りたいから」
「人に言わない保証がないから」
はぐらかされた理由を呼吸するように返されて、言葉に詰まった。信用されていないことにではなく、背景の見えなさに。どんな仕事がこういう生活を支えているのか。
俺が人に言わない保証がないと、言えないようなことはそんなに多くないはずだ。音がしない空に浮かぶ美しい生活は、きっと中流家庭の俺では考えつかない面があるだろう。
「誓約書書くよ」
「意味がありません」
「でも言いたいんだろ」
大きめな目蓋が動いた。
気になるのは、この場所に自分達しかいないから。もし、俺が戻れなくなれば、こいつしかいなくなる。だからたった一人の相手のことが知りたいとか、この部屋は、そんな気分にさせられた。
「言いたそうに見えましたか?」
「ここに来れない子によりは」
顏と年齢に不釣り合いな貫禄ある黒革のソファーの上で、俺から窓に顔を向けて、
「このマンションは気に入ってて、俺の部屋みたいなものです。自宅は母が住んでいる普通のがあります。父親とは年に一回くらいそこで会うんです」
呟いたあと、目を離さないこちらに視線を返した。
逡巡するように見つめてから、また一口それを含み、声を出された。
「これ以上聞いたらあなたここから帰れなくなるかも」
こいつの背景は何の明かりも見えないなと思った。
「いいよ」
それを眺めて答えると、一瞬見開かれた目に「だって聞きたいから」と言った。
「冗談ですよ」
苦笑され、外に向き直って言葉は続けられた。
「俺の家は、多くの人が暴かれると路頭に迷う、名のある人間が通り抜けられず困っている法の穴を、事前に開けておいてあげる仕事をしているんですよ」
そんな言い方じゃやはり俺には分からない。だが、これでも何かの証言になるのかもしれないと思った。一つ確実に分かるのは。
「それって犯罪じゃないの?」
階下を見たまま「あなた意外に話せますね」と呟かれる。
「女には意外に話せないねって言われるよ」
笑った俺に合わせて、笑顔になる。
「彼女達が言うなら、それが正しいんでしょう」
「俺が興味ないだけかもよ」
俺の答えで、顔は寂しげに変わった。
「世界は俺たちが思う以上に愚かな人間で溢れてるんです。でも、それを愚かだと言ってはいけない。そうすると一緒にもっと愚かな人間が破滅してしまう。気付かせない誰かがいて、上手く均衡を保っているんです」
まるで笑ってしまうような現実感がない会話なのに、手元の甘い香りと男の存在は嘘には思えなくて、本当に異世界にでも迷い込んだ気持ちになる。
「この格言を残した人間は、親切そうに忠告するただの面倒臭がりですけど、丁度良いんです、自分達には」
にっこりと微笑まれた。
「こんな言い訳してるのが良いんだ?」
その硬い腕に手を伸ばして会話を続けると、触られた相手はぴくりと一度筋肉を動かした。温かい体温は、やはり現実だな。
置かれた俺の手を見ながら「そうですね」と返事はされた。
「正当化する言い訳が丁度良いんですよ」
可愛らしい顔で、無表情に見ている。
「まるで神様みたい言い方だな」
「外側から見ないと分からないこともあります」
「同じ人間だろう」
「ええ。同じ人間を見下すことに、そんな言い訳をしている人間です」
「上から見られる立場に酔って、悦に浸ってるみたいだけどな」
文字をなぞると、くすぐったそうに「残念ながら、そういう青臭さもあります」と笑われた。
「でも、これは違う」
相手は表情を緩めたまま、止まった指を見ている。
「ペイントやシールなら、そんな浅はかなものかもしれない。けど、これはタトゥーだ」
「どれも大したもんじゃないですね」
「違うだろ?これは痛いだろ」
それをつついたこちらに向いた瞳と見つめ合った。
ゆっくり腕がおろされて、指が行き場をなくす。
「前に、傷だらけの女にストーカーされたことがあったよ」
瞳に話すと、穏やかだった濃い眉がわずかに寄る。
「多分自分で付けてるんだけど、顏や腕が傷だらけだった。ほっといたらストーカー行為もなくなったけど、久しぶりにキャンパスで見たら、タトゥーだらけになってたよ」
黙って見下ろされ、俺は、この楽園の欠点は、きっと物音のしないところだろうと思った。
表情のなくした顔が口を開く。
「単なるファッションですよ」
「綺麗な肌なんだし、痛め付けるなよ」
「男の肌を吟味する人間だ?」
「外側から見てるふりして、お前は十分その言葉に振り回されてる」
俺の顔から目を逸らさず酒をごくりと飲んで「そんな女の……代償行為と」と冷たい声を出された。
「代償行為以外の何なんだよ」
「短い付き合いでしたけど、楽しかったですよ」
立ち上がろうとする。その腕を掴んだ。
「そんな仕事やめれば?」
「慈善事業です」
「どうしてもするなら、俺がいてやる」
「会ったばかりの……男が」
見開かれている瞳に静かな怒りが出ている。だけど俺は離さなかった。もしかしたら、こいつと会った時から、見放せなかったのかもしれない。
「自分以外の人間が愚かなら、虚しくて仕方ないんだろ?」
「人を精神疾患にできる程の理由じゃない」
「じゃあお前が飲んでる、その酒の名前言えよ」
上目にして相手を見ると、動きを止めて、また静かになった。掴んでいた腕も力がなくなったのを感じた。
「そこでいつも飲んでるんだろ?」
見据えられるだけで、返事はない。
だから、
「スカイダイビング」
と真っ青な液体に、俺が答えた。
見つめあっていた視線が俺の手元に向けられて、横長の口が「そっちの名前も知ってたんですか?」と呟いた。
「これは知らなかったよ」
残っていたのを飲み干した。甘い香りのグラスを床に置く。俯いたタトゥーだらけの男に、膝を床につけたまま、上半身と手を軽く伸ばした。
逃げない丸い頬を両手で触ってこちらを向かせて、目と鼻の先で顔を見た。
「男も相手に出来るんだ」
「だって二人しかいないから」
「下行けばいるだろ」
「ここにいることにしたんだ」
そう言って、キスを軽くしてみた。
男はこんな感じか。
「気持ち悪くない」
横長の唇が囁いた。
「そう思ったよ」
相手の持っていた青い酒を、手に取って味見し、グラスを返した。
「あなたはすごい変な人だな。変人もいいとこですよ」
「お前に言われたくないよ」
睫毛の多い大きな目を眺めながら、口づける。俺も気持ち悪くなかった。
俺より長い唇を、唇で食むと自分の体が反応した。相手も何となく呼吸が荒くなっていた。
「本当に帰らないんですか?」
「お前を放っとけないから、仕方ないだろう」
開いた隙間から舌を入れてみると、さっきの酒と同じ味がする。オレンジの皮のような苦くて甘い。強い香りだった。
「パラダイスの味がしますね」
その言葉に微笑む俺を、ばちっとした目がじっと見つめる。
「ずっと、下りないつもりですか?」
「俺一人くらい養えない?」
「まあ、それは」
片腕で体を引き寄せられる。
「こんなでかい男抱けるかな」
「俺が抱くから、何とかなるだろう」
口づけながら、俺も相手の後頭部を持って寄せて、もう一方をその硬い体に回した。青い酒の風味を深く舌で味わうと、これからは自分もこっちを飲むようになるだろうとふと思った。
「もう戻らないよ」
この男が地上に落ちるくらいなら、地上を諦めたいと思った。
「でも、抱けなかったら」
ここで死ぬまで一緒に酒でも飲もう。と俺が提案すると、タトゥー男は青い酒を飲み干して、両腕で抱いた。








『楽園のディオニュソス』おわり







*リクエスト企画はこれで終了いたします。

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