夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「春に会う、迦陵頻伽 後編」(キュヒョン除隊記念)キュヒョン×イトゥク


「俺、諦めないですよ」
いきなり長い腕が伸ばされた。軽い感じで抱きしめられたが、背中をそらせても、ほどけない。
「期待するなって」
明るくなった表情を見たせいか、状況のせいか、思わず笑ってしまい、身をよじらせた自分に「期待します」と、顔まで寄せて来る。やめろと掌で抑えながらも、末っ子を騙してしまった罪悪感が、その元気の出た様子で少し払拭された。傷つけるのが嫌で、期待を持たせてしまったとしても、来月から来る二年間で、きっとこの弟は、忘れる。
二年という長さを、自分は、身をもって知っている。
途方もなく感じた、仕事が出来なかった期間と苦しみが、イトゥクの記憶に現れかけたが、余裕の笑みが戻った弟に意識は優先された。
兵役を終えてからも、いくらでも魅力的な女の子があらわれ、相手になる。徐々に、気の迷いだったと気づいてくれれば良い。それに、こちらにも彼女が出来れば、それこそ諦めるしかない。
だから、キュヒョンが選択しなくても、自分が時間的な解決を選択したのだと。
返事は最善ではなかったけれど、多分悪くはないはずだと、そう己に言い聞かせて、背中をそらせたまま、覆って来ていたキュヒョンを、イトゥクは見つめた。顔を抑えられながら、それ以上近づけて来ない黒い瞳と目が合った。
いつの間にかふざけた雰囲気をなくして、
「俺は、冷めませんよ」
と、目の前で、言われた。ともすると、こちらの罪悪感まで見抜いていたような表情で、イトゥクは、それを見上げていた。ここまで覚悟を決めていたのかと言葉をなくした、自分よりも、ずっと。
キュヒョンはそのまま、穏やかに微笑んだまま、響かせた。
「今、桜が咲いてますよね」
急に話を変えられ、半円の形をした二重の目でイトゥクは瞬いた。外に出れば、各地で咲いている薄ピンクの花々の光景が思い出された。わけが分からないが、無言で短く頷くと、見上げていた上向きの口角がまた上がった。
「再来年も、一緒に見ましょう」
柔らかな美声が、伝えた。自由の利かなくなる身で、その親密さはどういうことか、ましてや片方が、愛の告白をしてしまった男同士の自分達には、どういうことか、イトゥクは理解できた。見つめ合っている末っ子に、自分もそっと口角を上げた。キュヒョンが少し、瞳を彷徨わせたのも構わずに、
「お前が冷めても、見よう」
と、やっと声を出すことが出来た。その落ち着いた声色を聞いたキュヒョンは、その日一番、悲し気な顔をしていた。
画面の中に、雲のような塊が見えた。
背景で家の中ではないと思っていたけど、そういうことかと、イトゥクは苦笑いした。白いシャツの上に青いトレーナー姿で、「これですよ」と力なく確認してみせた相手がまた映った。車内で、どうやら一人で運転してきたみたいだった。去年も、今年も、キュヒョンが休日でも、イトゥクのスケジュールの都合と人目が憚られ、二人きりでは難しかった。一方が、早く忘れなさいと冗談っぽく流している状況では、不自由なせいもあって、更にこの末っ子は、強引にはならなかった。
キュヒョンは、忘れなかった。
少なくとも今日までは、その気持ちを変えずに、大体、休日にメッセージをよこした。一年経ち、相手にまだ恋人がないのもあってか電話になり、最近は退役間近だからか、テレビ電話に切り替えられた。
イトゥクは、肩を落として視線も落としている姿を見つめる。ふわりとした黒髪は、シャワーを浴びて身支度を整えて来たのが分かる。いつも映るキュヒョンは、寝る前でも髭も剃って身綺麗に映っていた。そして、顔を上げると、
「でも、この桜よりもヒョンの方が綺麗ですけどね」
と、今日も歯の浮くような台詞で褒めるのだ。気を取り直して口角を上げ、いつでも相手の為に全て無いことにしようとする優しさで、でも、諦めない子供っぽさも残して。
その性質にどうしても、イトゥクは嫌悪感を抱くことが出来なかった。無下には出来なかった。
だから今日は、聞くことにしていた。
「キュヒョンは、俺の人間性と見た目、どっちが好きなの?」
この日まで、自分から掘り返すことはしなかったあの日の疑問を解決したくなったのだ。これは二年の間に、生まれた疑問かもしれないし、もしかすると、ずっと一番聞きたかった問いなのかもしれないと、イトゥクは思い始めていた。
そして、多分、この頭の良く回る末っ子は、顔を上げて、大きな二重の目を更に大きく開いてとイトゥクが思う通りに、質問を耳にしたキュヒョンは、今、目覚めたみたいに画面の向こうから凝視していた。その話題に触れる意図を必死に追及しているのが分かる。険しい顏つきになったかと思うと、
「どっちだと思います?」
と呟いた。イトゥクは、そう聞かれると分かっていたように苦笑して、「俺はどんどん、おっさんになるよ」と答えた。
「それでも、好きですよ」
黒い瞳が探りながらも、端の上がっている口は素早く答えた。予想はしていたが、自分が安堵をしているのを、イトゥクは感じた。そして、早まる鼓動を抱えて、
「じゃあ、人間性?」
と、ゆっくり口に出した。
その端が、更に上がる。
「教えません」
そう言って、余裕の笑みを浮かべた色白の弟が、こちらを見つめている。そして、「でも」と出されたのは、あの日も聞いた、自分だけに響かされる声だった。
「ヒョンは、綺麗ですよ」
イトゥクは寂し気に見つめた。
机の上に置かれたビタミン豊富な茶が、既に湯気を消している。美容成分の含んだ液体も潤いを無くし、顏に乾燥を感じさせた。余裕の笑みを浮かべる男に、形の良い鼻から、小さく溜息をつく。
自分の一番欲しい言葉を、かけ続けてきた人間を、見つめた。
計算づくというよりは、計算高い人間の必死の愛情表現だ。どれだけ真剣だったかは、この二年の長さが物語っている。
だが、どんな言葉よりも、癒されていた。今の自分にはその言葉が、何よりも大事だった。
茶の温かさではない。疲労の原因だと思っていたものが、知らないうちに、いつもの時間になるだけで、逆に軽減されていたのを、イトゥクは段々と感じていた。
「キュヒョン」
少し黙られていたことで、息をのむ音が聞こえそうなほど慎重に、こちらを伺っていたキュヒョンが、「はい」と返事をした。
「桜見たいな」
数回まばたきをしながらも、表情を変えずに、「良いですよ」と、窓を開けた車の外に、それを向けようとする。揺れ動く背景を目にしながら、そっと深呼吸をして、
「一緒に」
と、出した声に、大きな瞳があらわになるくらい驚いた顏をしたキュヒョンが再び映った。声の相手を穴が開くほど見つめて、
「え」
と、発した。見たことのない狼狽ぶりで、「え、でも、今から?」などと呟いている。噴き出して笑っているイトゥクに、「どうすれば良いんですか?」と泣きそうに助けを求めた。
「その画面で良いから」
優しく、また出した。その声と相手の微笑みに、段々と落ち着きを取り戻してくる。しかし、夢を見ているような顏は戻ることなく、「でも、会いたいです」と子供っぽく呟く。
「すぐに会えるだろ」
そのことを考えると、心臓が一段と高鳴り、イトゥクは寂しく笑った。簡単に受け入れられるほど、本能的な人間ではない。だが最後の一押しは、理性だった。自分が下した判断だ。もしかすれば、変化の遂げた関係で会えば、その時にはじめて受けつけないかもしれない。だけど、今だけはこの同性に胸を締め付けられている。そして恐らく、実物を前にしても、異性と変わらない真剣さで互いに挑むだろうと、想像がついて、イトゥクは物悲しく思った。
感動したように大きな瞳が揺れている。
「ヒョン、何か話して下さい」
自分もどこか覚えている感動を抑えながら応えた。
「キュヒョンが喋って」
赤らんでくる鼻先を隠すように、末っ子が俯いた。
「俺はヒョンの声が聞きたいんです」
俺のなんかより、と口出そうとしたイトゥクに畳みかけられる。
「その声が、好きなんです。好きな人のって、響くんですよ」
俯かれても分かるくらい顔を染めて言う。
「すごい気持ちよく聞こえるから」
早く会いたいな。と言うのを聞きながら、それでは、俺は、今になってはじまったことではないのだろうかとイトゥクは一瞬、視線を巡らせた。しかし、その答えは出そうになかった。でも、酷く嬉しい気持ちになってしまっていることに気付く。頬を染めているキュヒョンに、あの時自分が、なぜ優しいと言ったのかいつか教えてあげよう。これから疑問はこうして二人で解決できると、湧き出て来る未来に襲った安堵感が、疲労を飲み込んでいく。ついてきた沢山の溜息も、絶えたように出てこない。同時に、イトゥクも急に恥ずかしさを覚えた。互いだけで出会えば、照れて何も話せなくなりそうだった。そんな自分達が、脳裏に見えると、希望が滲み出た。
頬を染めて相手の声を待つ二人。胸の鼓動と共に、代謝を感じている。
映し出された淡いピンクの塊みたいに、全てが瑞々しく満たされて、今生まれた恋人達に、春の息吹が吹き込まれていく。





『春に会う、迦陵頻伽』終わり

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