「グラウンドゼロレクイエム3」ユノ×チャンミン EXO
11月6日
P.M.16:35
『地震、大丈夫?』
短いメッセージだけでも、今朝からこれを何度も見ていた。
返事はもう最初に開いた時にされている。
「全く問題ありません」と、返した内容には、返事はない。
それは相手の性格からも、規則でしばられた日常生活からも通常だった。
チャンミンは、ドアのノックの前に、もう一度何となくその短い文章を読みたくなった。
でも、後ろから声をかけられて、それは思い止まった。
「みんな待ってますよ!入って下さい」
後輩グループのメンバーの一人、ディオだった。
「おー」と頷いて、控室に入ると、全員がチャンミンを見て立ち上がった。
「チャンミニヒョン!!」
チャンミンは笑いながら、部屋の中へと移動する。
「ありがとうございます」「座って下さい」と、口々に喋る後輩たちに、
導かれるように、中心に置いてあるソファーに座った。
彼に群がるように、隣に座ったり、後ろから肩に手を置いたりされる。
後輩たちの明るい笑顔を見ていると、チャンミンも饒舌になった。
「ヒョン、何か飲まれますか?」
顔を上げると、昨晩、メッセージをよこしたこのグループのリーダーが立っていた。
「あー、うん。何か美味いの」
それを聞いてスホは笑った。
「ヒョンの美味いのが分からないです」
「これだけ付き合ってて、まだそんなものも分からないのか?」
笑っているスホとのやり取りに他のメンバーをつられて笑う、チャンミンは気分を良くした。
「え、何ですか?教えてください」
「水に決まってるだろ。早くくれよ」
スホが一層笑って、チャンミンも口元を更に弛ませた。
昔、メンバーが5人だった頃、アジアのトップアイドルだったのは自分達だ。
けれど、この業界の栄枯盛衰は早い。
寂しさは勿論ある。
しかし、自分のパートナーも自分も、もうその域ではなかった。
それはそういう教育と、経験からだった。
アイドルの魅力にはタイムリミットがあると、
知っている。
現在、アジアのトップアイドルと言えばこの後輩達だろう。
可愛い後輩が売れていく様は、チャンミンにはそれが当然のように見えていた。
だけども、この日本では、まだ自分達の方が人気が高い。
それは少しの安心と、多くの責任感を自分に与えて来る。
そんなことを考えながら、チャンミンは、
スホから受け取ったミネラルウォーターを飲んだ。
今回、このグループにはカイと双璧の、ダンスを得意とする「レイ」がいない。
人気もあるメンバー不在の中、彼らは日本デビューする。
でも、この後輩達なら大丈夫だろう。
真面目でやる気のある面々を見ながら、
チャンミンは、ここにやっぱりいて欲しいと思った。
この光景を眺めて、二人で悠然と笑っていたかったと思った。
ユノ。
「メイクしますので、衣装に着替えて下さい」
スタッフが数人入って来て、メンバーが返事をしていく中、チャンミンは腰を上げた。
「じゃあ、頑張って」
全員が元気よく返事をしたのに微笑むと、ほぼ同時に、
チャンミンを呼びに、マネージャーが顔を出した。
彼の元に片手をあげながら、チャンミンは向かう。
「ヒョン」
振り返った。
「また後で」
そう言ってスホが頭を下げた。
礼儀正しい後輩にまた微笑んで、「ああ」と、答えてから、
チャンミンは控室を出た。
11月7日
P.M.17:45
ここに来るのは春以来だ。
チエコは久しぶりのライブ会場に開演15分前に到着していた。
もしこれが、チャンミンとユノのライブだったら、彼女は限定グッズ購買の為に、
開場三時間前には必ず並んでいる。
今日は、チャンミンはゲストだった。
正直、このグループの曲はどこかで聞いたことがあるくらいなものだった。
それが彼女に罪悪感と肩身の狭さを覚えさせている。
それでも彼らの人気はすごい。
チエコはチャンミンが来ることが勿論一番の気分がたかまる理由だったけれど、
今とても人気のある彼らを生で見て、
ほぼはじめてかもしれない彼らの歌を、
目の前で聞くことが出来る事もとても楽しみだった。
もうすぐ、チャンミンは行ってしまう。
ユノはもう行ってしまった。
彼らの兵役の間に、もしかしたらこのグループに自分がはまってしまう可能性もあるのだ。
そう考えてチエコは思わず、今日も綺麗に塗られている唇の口角を上げたけれど、
それは、多分ないな。
と、すぐにその目に寂しさを混じらせた。
五人時代から、ずっと応援している。
叶わない片思いのようだった。
分裂騒動で、日本からいなくなってしまったチャンミンが、
悲しくて悲しくて、何度も泣いた。
でもまた戻って来てくれて、自分はまたその声を聞いて、
パフォーマンスを見ることができた。
けれどその頃には、自分にも彼氏が出来て、今はその彼とずっと付き合っている。
でもチャンミンは特別だ。
この人気グループの彼らには申し訳ないけれど、やっぱり、自分にはチャンミンしかいないだろうな、
とチエコは改めて思った。
それにしても面白い形。
チエコは、少し変わった、一番奥のステージから伸びた通路の先に、中にも座席がある、
正六角形のステージを眺めた。
そして、ここに来る前に買ったペットボトルの水を飲んだ。
また一口飲もうとして気づく。
買ったばかりのそれはもう空だった。
辛いラーメンを食べたから。
チエコは思った。
とても、喉が渇いている。
それに少し気分も悪い。
隣の席を見ると、空いていた。
今日は満席だったはずだ。
チエコは空いている隣に、膝の上の置いていた荷物を、
一時的に置かせてもらった。
もう一回水を買ってこようか。
と、思った時、照明が落とされる。
でももうライブははじまってしまう。
会場中に白い小さな灯りがついていく。
それは無数になって会場を覆った。
そうだ、ペンライト。
チエコはそれだけは観覧者として、彼らに失礼がないよう買っていたのだ。
でも色の違う赤いペンライトもチャンミンのために持ってきていた。
しかし、彼女はそれらのペンライトを出そうとして、
携帯電話を出した。
無意識だったかもしれない。
なぜか、彼氏の顔が思い浮かんだのだ。
写真撮影禁止の会場で、携帯電話なんか取り出したら、注意されるかもしれない。
でもそんなことを考えられないくらい、
味わったことのない気持ち悪さを感じたのだ。
彼女は今、彼氏に連絡したいと思った。
けれど、震えて来る手で、
理性が電話ではなく、LINEのメッセージにとどめた。
そして、その文章も、どうせ彼氏は見てもいないかもしれない、
仕事一筋の淡白な彼氏に、
『なんか気分が悪い』
と一文だけ書いて送った。
ああ、喉が渇く。
水が欲しい。
携帯電話にうつるのは壁紙にもしているチャンミンだけだ。
もっと、違うメッセージを送れば良かったかもしれない。
でももう書くことが出来なかった。
一曲目が、
アクロバティックなパフォーマンスの
「中毒」が流れているけれど、
彼女は聞こえていない。
意識が朦朧とする。
喉が。
眩暈がする。
でも、
これは。
喉が渇いてるんじゃない。
と、チエコは思った。
そうだ、私は、喉が渇いてるんじゃない。
なぜか、とても。
とても。
――お腹が空いている。
P.M.18:00。
東京ドーム。ライブ開幕。
つづく