「This is love comedy.8」ユノ×キュヒョン
それから、自分達が日本にいる日や用事がある日を除いて、キュヒョンは毎日うちに来た。飯食って、帰ったり、泊まったり、でもそれだけだった。
そして、あいつとこうなってから、(どうもなっていないけれど)キュヒョンの人気は、本当に上がりだした。元から落ちていたと思わなかったし、同じアイドルなのだから、ファンはいるのだけれど、元々の活動と、ミュージカル公演を控えている上に、バラエティ番組の単独出演や、ソロシングルの話も出て来ているらしかった。でも相変わらずうちに来ては飯を食って、帰ったり、泊まったり。俺は付き合っていないと言うものの、全く接触の無いこの関係だから、その都度は言わなくなった。
んで、今日。
最近始まった俺の方の単独出演のドラマの撮影で、チャンミンは休みで俺だけ仕事。久しぶりのロケ撮になる予定が、土砂降りで中止になった。そんなわけで急遽スタジオ撮影に。スタジオセットの間に、俺が自動販売機のジュースを買いに向かっている時だった。聞き覚えのある声がして、足を止める。
「やっぱりだめかなあ?」
もう少し近づいてみる。話している奴らが自動販売機の前にいるようだし、完全に俺の知っている二人だから声をかけようと思った。
「ユノヒョンに悪いよな?」
また足を止める。
これは微妙な話だろうな。そうとなれば聞き耳立てちゃうのが人のさが。
「進展しなくてもいいんじゃない?」
「でも付き合ってるし」
ん?これは恐い話なんじゃないの?
「だって出来ないんだろ?」
「やっぱりどう見ても男だからさ。最初軽いキスなら勢いで出来たし、今でも勢いで出来ると思うけど、それ以上は想像つかない」
「でもヒョンだって進展なんか望んでないの分かってるだろ?」
「でも付き合ってるってことになるのかな、それで。こんな理由ユノヒョンに悪いって思ってるけど、折角人気上がってきたんだ俺。ミュージカル絶対に満席にさせたいんだ。俺酷いけど、出来るだけ本当に付き合ってる様にしたいんだ。だから本気じゃないことユノヒョンにはばれたくない」
二人が話しているのは廊下の角を曲がって直ぐの小さな休憩場所なんだけれど、俺は勿論その角を曲がらず立ち止まっている。さっきから気づいていたけれど、問題はその角を曲がったところに鏡があることだよ。そこには俺がうつっている。そして、うまい具合にその鏡はあいつらの前にあるらしい。
キュヒョンは見えないけれど、俺に気付いたチャンミンと鏡越しに目が合った。
俺は口の前に指を一本差し出す。
『しー』
これは、チャンミンと俺だけの、秘密だ。チャンミンが小さく頷いたのを見て、俺はそっとその場を離れた。
チャンミンは明らかに私服だったから、プライベートでキュヒョンに会いに来たんだろう。本当に仲良いな。ということはこのスタジオのどこかであいつも仕事してんだろう。
「ふう」
なるほど、好きではないけれど、付き合ってることにしたいか。まあ、きっかけから言って、そんなもんだろうとは思ったけれど。あいつらとは階も棟も変えたベンチに腰をおろす。
でも参ったな。ああ言われたら、もう俺は「酷いな、じゃあこんなのやめよう」とは言えない。だってこれは喜ぶことだから。あの馬鹿げた事情はチャンミンからも聞いてるんだし。
でも喜んで「よし!俺にばれたんだからやめようぜ!」とも言えない。
それは、あいつがくそ真面目に、俺と付き合ったおかげで人気が出たと信じているから。俺は、この二か月で、あいつが悲しむところは見たくないと思うくらいに、根は悪くないキュヒョンの人間性は買って来ている。
だから俺は秘密にするしかなかった。つまり、あいつの気が済むまでこれを続けるしかなくなった。思わず苦笑する。だけどな、キュヒョン。悪いけど、俺は気づいてたよ。お前が俺に本当は恋愛感情がないこと。
「ユ―ノーヒョン!」
「おー。お疲れ」
目の前に現れたセーター姿のリョウクが首を傾げる。
「何か笑ってましたね?ユノヒョン、それ衣装?」
「うん」
「いいね!スーツ」
「リョウクは何の撮影?」
「ブランドの!みんないるよ」
「そっか。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「キュヒョンのミュージカル、最終公演いつ?」
「観に行くの?喜ぶよ!確か三月の終わり!詳しい日はキュヒョンに聞いてよ」
二か月後か。
「分かった、ありがと。あとさ、俺がこのスタジオで仕事だったの。秘密にしといてくれない?」
リョウクの動きが止まる。
「うん。分かりました」
「ありがとな」
「じゃあ、行くね」
頷いて、手を挙げた俺を見てから、リョウクが駆けていく。その後ろ姿を見ながら、
俺は、ばれている嘘を明かされた時でも、少しは落ち込んだりするもんだなと思った。いい奴なのが分かっているから、尚更なんだろうな。
「久しぶりだな、お前が来るの」
夕方には仕事が終わって、帰って着替えていると玄関のブザーが鳴った。
「ヒョン……」
今にも泣きそうな顔をしたチャンミンが立っていた。「なんだよその顔」と苦笑しながら、頭に手を置く。
「入れ」
食卓に座ったチャンミンを見て冷蔵庫に向かう。立ち上がったチャンミンに「いいから」と言ってグラスを注いだジュースを出した。
「で、どした?」
「すいませんでした」
「何で謝るの?」
「キュヒョンのこと」
また苦笑する。
「知ってたよ。あいつが本気じゃないの」
チャンミンが俺を見た。
「占い師に言われたくらいで、男を好きになるなんて思ってないよ。それにさ、これって、俺が喜ぶことだろ?」
「ヒョン。キュヒョンと別れる方法があります」
うん。そもそも俺は付き合ってるって納得してないです。
「分かってるよ、チャンミン。俺から手出すんだろ?」
チャンミンが黙る。どんな理由をつけたって、その嫌悪感はあいつだって我慢出来ないだろう。でもチャンミンは俺がそんな事しないのも分かってる。
「そんな事しないよ」
ってか出来ない。
「ヒョン……」
「馬鹿だな。お前だって、あいつの気が済むようにさせてやりたいんだろ?俺に気兼ねなんかしなくていいよ」
「ヒョンはいいの?このまま付き合って」
「うん、付き合ってないんだけど」
チャンミンが少し笑う。
「付き合ってないけど、付き合うよ。あいつが気にしてるミュージカルの最終公演まで」
チャンミンの笑いが消えて、俺を見つめる。
「それがお互いの為だから。その後はあいつも俺も自由だ」
「分かった、ヒョン。俺そろそろ行かないと。今日もキュヒョン来ると思うんで、エントランスの非常用の鍵貸しときました」
「そう。お前もちょっとは遊びに来いよ。寂しいだろ?」
チャンミンが俺を見て悪戯っぽく笑う。
「最近、全然寂しくなかったくせに」
うおおおい。やめろ、そのラブコメみたいな展開。そうはならないからな!
「寂しいよ。だからまた来い」
「うん」
チャンミンが戻ったあと、俺はなぜか本当に寂しさが戻った。風呂入って、一息つくと、
また玄関のブザーが鳴った。
つづく