「This is love comedy.20」ユノ×キュヒョン
そういえば、あいつさっき何がしたかったんだ。ぼうっとそう思いながら、自分を呼ぶ声に覚醒していく。
「ユノヒョン。ユノヒョン」
背中に手をあてられて体を揺さぶられる。んー。んー。ごろりとひっくり返ると、キュヒョンが覗き込んでいる。重い目蓋を開きながら、手を伸ばしてその頭を撫でた。
「終わったの?お疲れ」
撫でた頭がぴくりと動く。あ、いかん。とっさに手を下ろそうとすると、
その手が掴まれた。
キュヒョンがこちらを見下ろしている。
「ユノヒョン、大丈夫です。触って」
俺の手のひらをゆっくりと白い頬にあてる。月明かりでも分かる。こいつの瞳は黒い。俺は寝ぼけているのか、何となく、キュヒョンの手から離れて、その眉に触れる。
「お前の目は黒いね」
その顔が微笑む。
「生きてますから」
それから鼻筋をなぞる。
「鼻が高い」
そう言うと、くすぐったいのか笑う。
「ユノヒョンも高いです」
そのまま、その元から少し口角の上がった唇を親指でなぞると、
キュヒョンの顔から笑みが消えた。
指に吐息がかかる。黒い瞳がじっと俺を見ている。
ノック入りまーす!
すみません、そろそろ閉めます、開いたドアからスタッフがそう言って顔を覗かせた。
ワックスの効いたフローリングの感触が一気にはっきりとする。我に返って起き上がる。
「悪い。行くか」
キュヒョンは目を瞬かせて、頷いた。
「ユノヒョン聞いてますか!」
「聞いてる」
ハンドルを握る自分にキュヒョンが練習風景の事や、自分の歌うパートの難しさを矢継ぎ早に話しかけてくる。
その話を聞いてると、こいつが本当にミュージカルが好きなんだと分かる。
しかし、この体力はどこから出て来ているんだ。俺に気を使っているのもあると思うけど。
そろそろキュヒョンのマンションだった。
「キュヒョン」
「はい」
俺がフロントの時計を指差すと、俺の方を見た。
ゼロが並ぶ。日付が変わる。
「誕生日おめでと」
そう言うと、また目を瞬かせて「ありがとうございます」と呟いた。
不思議そうにしているのが面白くて軽く噴き出しながら、エンジンを切る。
マンションの入り口にはプレゼントを持ったファンが待ち構えている。車はここらへんで停めた方がいいだろう。
少し手前の道路に停めた。
「じゃあ」
「あ、はい」
「うん」
なぜか沈黙が流れる。
「あ、ケーキ」
「後ろ」
大きなフード付きのダウンジャケットを着たキュヒョンが下りるのに合わせて、後部座席のドアをボタン操作で開ける。
「ユノヒョン、今日は本当にありがとうございました」
ケーキを持って開いたドアの横で、バックミラー越しに俺に言う。
「ああ、待って。そこのプレゼントも持って行って」
笑っていた目が見開いたのを見て口元を弛ませる。キュヒョンが後部座席の荷物を見直す。
「これですか?」
それ、と言うとキュヒョンがリボンでラッピングされたそれを手に取ったまま見つめて、「開けていいですか?」と聞いてきたので、ミラー越しでなく振り返って頷く。
「あ、ワインだ。二本も」
「ありきたりで悪いんだけど、生まれ年の」
「ありがとうございます!嬉しいです。あ、グラスもある!」
キュヒョンが嬉しそうに俺を見た。
「ペアですね!」
「うん。そのワイン一本はお前の生まれ年なんだけど、もう一本は」
箱からそうっとボトルを取り出しながら、キュヒョンがまた目を見開いた。
「……お母さんの生まれ年だ」
「良かったら二人でそのグラス使って」
キュヒョンが動かない。そろそろ、気付いているファンがこちらに来そうだった。
「キュヒョン?」
顔を上げても、俺を視界に入れてぼんやりと突っ立っている。
「どした?」
キュヒョンは何も言わない。
「キュヒョン、大丈夫か?」
「あ、はい」
「明日も頑張れよ」
「はい」
じゃあ、と言ってドアを閉めてそのまま発進させた。
バックミラーを見ると俺の車を見送るように動かないキュヒョンが小さくなっていく。あいつファンに囲まれるぞ。
早く帰るように、片手でメールを打ちながら、自分もミラー越しに見送った。
つづく