「Kiss me,baby.32」ユノ×チャンミン
――ルール②ユノが1分でも遅刻したらルール①を取り消すこと。
「俺に言うことあるでしょ?」
スタジオに向かいながら、隣を穏やかな顔で歩く人間に言う。
その人間が俺を見た。
「ごめんな」
その黒い瞳が、表情一つ変えず俺を見つめて、俺の目をしっかりと見つめて、また前に向いて歩き出したから、自分は体の芯が抜け落ちたようになった。
もしかしたら俺は、ここからとんでもない苦痛な日々を味わうことになるのではなかろうか、と思わせた。
酷い鼓動は治まらない。これが何からきているのかも、もう分からない。
本番に入る前に、ステージ裏で、また自分達は同じ衣装を着ている。
新曲のプロモーション活動中だから。
ユノの周りには自分達のセクシーなダンサーが取り囲んでいた。俺はぼんやりと眺める。確かに、嫉妬なんて湧かないな。それよりも現状なんだよ。
でもあれを毎回見せつけられたら……ちょっときつい。っていうかかなりきつい。いや本当にきつい。
女が云々じゃなくて、俺の場合、こちらも見もしないで女が好きな自分に戻ろうとしている相手を見るのが、自分達はどうにもなれないかもしれないっていう現状を見ることになるのが、きつい。
俺はユノみたいに理性的な人間じゃないから、耐えられないかもな。
「チャンミンさん!あれ何ですか!」
隣を見ると、女子力の高い後輩がいた。ユノを見て怒っている。体内の振り子が少し落ち着く。俺は彼女に安心しているみたいだ。
「やきもち焼いてんの?」
「当たり前でしょ!」
「ただのダンサーだよ?」
「仲良過ぎじゃないですか!もしかしてあの中の誰かが彼女なんじゃないですか!
彼女は思い切り睨んでいる。俺は笑ってしまった。でもそうなったら、またきつい。泣いちゃうかも。
「君の方が仲良いよ」
「仲良くないですよ!もう全然一緒にご飯行ってないでしょ?」
俺が安心を覚える同志は、ずっとユノから目を離さない。俺は床を眺めながら、
ユノが自分に告白してきてからの自分達とこの後輩とのやりとりを思い出してまた微笑んだ。
「まあ、最近は仕方なかったかもね」
「最近じゃないです!もう一年はユノさん行ってないですよ!」
俺の視線は、動きを止める。それから、そう言い放った後輩ではなく顔を上げて、ユノを見た。
見開いてはっきりと、あの時と同じ、
哀しい目でこちらを見ていた黒い瞳が、俺と目が合って、そらす。
穏やかな表情のユノが、また周りの女と話し出した。
つづく