「そういうこともある 1」ユノ×チャンミン
*このお話にもしコメントを頂きましたら、それは全て最終回で返事を致します。
~Yside~
9号線に乗り換えた。
工場から直帰しようかと思ったけれど、やっぱり会社に一度立ち寄ることにした。
鞄にしまったネクタイをもう一度つけようかと思案してやめる。
暑い季節の到来を思わせる夕方。
何となく浮足立っている、地下鉄の窓に反射した自分を見ながら微笑む。
まだいるよな。
時間を見て頷いた。うん、いるな。
自分の毎日が今、磨きがかかったように輝き出している気がする。
こういうのは久しぶりなんだよ。
反射した顔がにやけていて、思わず顔を引き締めた。
でも少ししてまた駅から駅へと連絡する暗いトンネルに、にやけた30男の顔が浮かんだ。
「あ、お疲れ様です」
大きな口をぱっと開けて笑う。
その顔が見たかったんだ。
笑顔がいいなと、出会ったあの日も思った。
「うん。何か食いに行くか?」
「いいんですか?」
新しくてまだ学生服のような着こなしをするスーツに身を包んで、大きな目も開く。
本当可愛いな、と思う。
俺は今、何年振りか分からない恋を、この部下にしていた。
「こんなところまで、すいません」
「あ、いや。汝矣島の方が良かった?」
「いえ、すごく嬉しいです」
耳まで顔を赤くして、柔らかそうな直毛をすいている。
思わず、勘違いしそうになるけど、これはだめなんだ。
「僕の、行きつけの店があるんです」
「お、そこ行こう」
タクシーでわざわざ、こいつの住む駅の近くまで来て飲む。
別に部屋に上がり込もうなんてことは考えていない。
楽かなと思っただけで。
そこはわきまえている。
俺はこいつに恋をしているけど、残念ながら、この気持ちを白状するつもりはない。
男が好きな俺の性癖が、世間に受け入れられるもんじゃないってことは分かっている。
どう見たって、ノンケだしな。
それに一応役職があるし、危ない橋を渡りたくない悲しい大人に俺はもうなってしまっている。
でも職場が一緒で、殆ど毎日顔を合わせられることができる相手に、この久しぶりの恋を、自分ができたのが嬉しいんだ。
「すいません、酔って」
「いや、いいよ。タクシー拾うか?」
結構飛ばして飲んでたしな。
俺はあんまり強くないし、ペース配分を考えていつもゆっくり飲む癖がついていた。
「大丈夫です。歩いて帰ります」
「そうか」
店の出口で、潤んだ大きな目が俺を見つめる。
だめだ、だめだ。
絶対手出すなよ、俺。
「肩かす」
可愛い可愛いと言いながら、面白い事にこいつの方が背が高い。
酒を飲むと更に熱くなって、上着も脱いだ。
「僕、大学のころからここに住んでるんです」
頬を赤らめてにこっと笑いながら俺を見る。
若者の喧騒と、ごった返した店の空気。
屋台のトッポギ屋から湯気が見えないことで、やっぱり夏が来るなと思った。
ここは学生街だ。
「そうなんだ」
「ありがとうございます」
アパートの入口に着いた。
「じゃあ、また月曜」
片手を上げて、踵を返した。
「ユノさん……」
振り向く。
「あ、いえ……何でもないです」
可愛い顔が首を振った。
「おう」
俺も、少し酒が混じった溜息を吐きながら地下鉄に乗り込む。
タクシーでもいいけど、こっちの方が早い。
駅から出て、直結のスーパーに寄ろうかと思ってやめた。
マンションの下のコンビニでアイスを買って食べながら帰る。
鼻息交じりで廊下を歩きながら、部屋の前に到着して、
あ、とそれを見て思い出した。
指でドアと壁の隙間からメモを抜き取る。
『あなたの携帯、意味ないですね』
こめかみを掻こうとして、やめる。
溶けたアイスが指についてた。
つづく