「チャンミンくんの恋人38」ユノ×チャンミン
本当に始まったんだな、と思った。
地面がないような覚束なさだ。
でも、だから俺が狼狽えることじゃないと言い聞かせたり、俺の指を触っている感触と、見下ろすと見上げて来るユノを確認すると、それでも心構えにはなってきた。
次は来たことがないスタジオに入った。
良く一緒になるカメラマンと撮影監督だけで、アシスタントが一人もいないのは初めてだった。
ケージから出たユノを見て、勿論知っていただろうけど、当惑しているのが分かった。
でも、マネージャーの説明の後に、
「今日もよろしくお願いします」
と用意された机の上で、頭を下げた勝手知ったるユノの振る舞いに、空気が和らいだ。
「じゃあ説明をします」
監督が気を取り直すように話し出した。
「大体はグリーンバックを使うんですが、その他にもユノさんだけが使う背景を、CGだけじゃなくて、ああいう風に用意しました」
スタジオ中央のグリーンの幕が下ろされたその横に置いてあるミニチュアのセットらしきものを指でさす。
「クレイアニメの要領で行きます。それからあのカメラも」
自分達の背後にいたカメラマンが手をかけている1mほどの高さのカメラをまた指さした。
「アリフレックスというやつの一昔前のです。最新のものより大分解析度が落ちるんで、そこをCGと組み合わせてやってみます。PV以外はこれで乗り切れると思います」
普段なら聞くことがない機材のことまで丁寧に説明されて、マネージャーの顔にも安心したような笑みが浮かんだ。
「これから写真も全てここで撮ります。映像編集も合成も全て自分一人がやります。あとこれが終わってから、ちょっと相談があるんですけど……とりあえず今日はカメラテストをするので、早速やっていきましょう」
殆どユノ一人の撮影を終えて、録音スタジオにも移動した。
何組も入れるスタジオを貸し切って、そこでも、サウンドディレクターと今回のユノの件について、会議から参加していたプロデュ―サーの二人だけだった。
「ユノさんの声量はボリュームを上げてもノイズが入るまではいかないので、一人だと問題ないですが、チャンミンさんのマイクがユノさんの声をひろった時に違和感が出ます。それを解消するために会話は別々のスタジオで録ります。こっちで調整するんで、無理やり大きい声を出す必要はありません」
経験したことがない少数体勢だった。
極秘事項ということで整えられた環境は、この自分達を落ち着かせることにも繋がったけれど、仕事量が抑えられていたにも関わらず、久しぶりの現場はかなり疲労した。
「ボイストレーニングも明日からスケジュールに入るから。日本の新曲の準備を早めることになった」
すっかり日の暮れた帰り、車内でマネージャーが俺たちに声をかける。
「分かりました」
「ん?ユノ何か言ったか?」
「分かりましたって」
「そうかそうか。まあゆっくり休め。あ、ユノ新しい服買っといたぞ。みんなに何で白衣か聞かれてたな」
はは、とマネージャーが笑った。
「ははって……でも服ありがとうございます」
「ん?ユノ何か言ったか?」
つづく