「チャンミンくんの恋人47」ユノ×チャンミン
宿舎に着いたのは深夜だった。
現場で食べていたから、後は風呂に入って寝るだけだ。
ユノと廊下で顔を見合わせた。久しぶりにその顔をまともに見たような気がするけど、これも以前通りだった。
「俺……シャワーだけでいいんで先に入っていいですか?ヒョン長いから。10分で浴びます」
俺の顔を見つめてから、ユノが少し間を置いて「うん」と言った。
服を脱ぎ捨てるように裸になって、シャワーを浴びる。俺は入らないけれど、ユノの為に風呂に湯も張った。横目で湯が溜まる浴槽を見て、昨日までその中にいた二人の人間を思い浮かべながら、浴び終えて浴室を出た。
入浴剤の入った箱が目に入る。ハチミツ入りのものが見えた。
白のタンクトップとハーフパンツを着てドライヤーで髪を乾かしながら、洗面台に目を向けた。
鏡の前に立つ小さな姿はもうなくて、そこに映るのは俺の上半身だけだった。
まだ全然乾いてはいなかったけれど、洗面所を出た。
ダイニングに気配がなかったから、ユノの部屋をノックして「出たんで入って下さい」と声をかける。
分かった、と言う返事が聞こえて、そのまま自分の部屋に入った。
真っ暗な部屋の中で、思わず小さな息が漏れた。
部屋の隅に移動させたベッド脇の小テーブルを近々戻さないと。
リモコンを手に取って電気をつけながら、ベッドに腰かける。
暫くそこを眺めた。
手を伸ばして、崩れたブロックを一つ摘まもうとしたけれど、ユノの部屋から出て行く音がして、手を引っ込めた。
寝よう。
明日も早くないけれど、もう二時だ。
デスクに置いた腕時計を見て、布団に入った。
でも、喉が渇いた。
廊下を歩くとバスルームから水音が聞こえている。
ユノは一時間は入っている。
昨日までは自分もそうだった。
キッチンの方は電気は消えていて、リビングのソファーにテレビもつけずにマネージャーが座っていた。
「ん?水か?」
「ああ、はい」
俺は水をサーバーからグラスに入れて飲むと流し台に置いた。小さな小さなコップが棚に置いてあった。
ダイニングを出る前に、ソファーに座っている後ろ姿を見ながら、そこに行く。
「何してたんですか?」
「ん?うん」
マネージャーは眼鏡のフレームを持ちながら可笑しそうに微笑んで携帯電話を見ている。
「何ですか?」
「……うん。いや、ユノの画像をな。もう消さないと、と思って見てたんだよ」
と言って、手元を見ながらまたふと笑った。
「ユノ」と言う言葉に胸の痛みを感じながら、その顔に合わせて口元を弛ませた。
「どの画像ですか?」
「これ。あんなに長かったのに、今見たらこれしか撮ってなかった」
昨日の騒がしさが嘘のような深夜の静かな部屋で、立ったまま覗き込んだ俺に渡される。
「可笑しいんだよ。俺の携帯に入っている唯一の証拠だからさ、思い出して見たんだけど」
渡された画面を見た。
ケーキの前に立って、大きな苺を一粒抱いたコック姿のユノが笑っていた。
「合成みたいなんだよ。お前らの撮影の合成写真の方がよっぽど本物みたいなんだ」
マネージャーがまた可笑しそうに、小さく笑った。
その声にほんの微かに寂しさを感じたからかもしれない。
俺なんか一枚も残していなかった、と思ったからかもしれない。
「ふ……う」
自分から変な声が出た。
淡く光っていた笑顔のユノが滲んだ。
でも止められなかった。
画面のユノを握りしめて、それからはフローリングを汚した。
ぼろぼろとこぼれ落ちて来る自分の目から、まるでしずくがそのまま出て来たような、次から次へ流れ出てきた。
耐えられなかった。
何で、自分がそうなるのか分からなかった。
背中を折り曲げて、鼻水と涙で床がどんどん汚れていく。
苦しくて、もっと声が出た。
「あああ」
喜ばないといけないのに。いや、喜ぶユノが嬉しいという気持ちはあるんだ。
だけど、涙は止まらない。拭いもできない。
お辞儀でもしているみたいに泣いた。
一生出会うことはないと思っていたような不可思議が消えてしまったから?
あの相方を肌身離さずにいられなくなったから?
忙しい自分達に突然舞い降りた、奇跡の様な休暇が終わったから?
本当に奇跡の様だったんだ。
いつの間にか続くと思っていた。
ずっとそこにいる気がしていた。
それなのに、目は覚めてしまった。
おとぎの国はもうどこにもないんだ。
声を上げて、子供みたいに泣いた。
つづく