「チャンミンくんの恋人48」ユノ×チャンミン
いつからか前に立っていたマネージャーが、姿勢を戻しながらしゃっくりを上げた俺を見て、呆れたように笑った。
「馬鹿だな、泣くことあるか」
でも、その言い方は、きっとこの世でただ一人俺と共感している人間の優しい言い方だった。
まだ涙は出てくるけれど、俺も笑った。
「しっかり顔洗って、冷やすんだぞ」
凍らせたアイマスクを出してもらって、すっかり泣き止んで、今更恥ずかしくなりながら受け取る。
キッチンで顔を洗って冷やしつつ戻った。
危ないからどけていたベッド脇の照明をデスクの上に置いた。
電気の消えた部屋につける。
温かな色の薄明りに照らされていく。
ベッドに座って、火照った目元を冷やして、そうしながら、
終わったんだな、と思った。
こんなに取り乱したのはいつぶりだろう。
少しマスクをずらして、照らされたデスクの上を眺めた。
フェイスタオルに包まれてにこにことこちらを見ている姿や、
その壁を乗り越えて俺に両手を上げてくる、
ありとあらゆる小さな姿が柔らかな面影になって現れる。
自分達にいっとき迷い込んだ非現実な時間。
残しているからダメなんだ。
洗って戻そう。
ブロックが入っていた箱を目で探す。
いや捨てよう、と軽く一度頷いた時、
部屋のドアをノックされた。
不意で心臓に悪い。
「チャンミン?」
聞こえた声に、ノック出来るのはマネージャーだけじゃ、もうなかったと鼻で笑って、どうするかと思った。
何の用があるのか、俺の顔はこんななのに。
「なんですか?」
ベッドに座ったまま声を張った。
「ちょっと入って良い?」
「明日じゃ駄目ですか?」
「……今がいい」
舌打ちした。
「すいませんけど、明日で」
言い終わる前にドアが開いた。
マスクを取るか、ずらしたのを直して隠すか一瞬の内に逡巡して、取ってそこに置いた。
結果は同じだから、無駄を省いた。
眉をひそめたユノが俺を見る。
「泣いてたの?」
言いながら、ベッドに腰かけてきた。
洗い立ての髪からシャンプーの匂いと、その身体から甘いハチミツの香りがした。
着ている黒のTシャツが暑いらしくて少しこめかみに汗をかいている。いや、まだ乾ききっていない茶色い毛先の滴が垂れたのかも。
同じくベッドの壁際で座っていた俺は、思っていた通りに聞かれて顔をしかめる。
ユノが少し布団に上がって、赤く腫れたこの顔を覗き込むように見た。
自分の格好つかなさとユノの無遠慮さにうんざりと視線を泳がせる。
「チャンミン」
名前を呼ばれても俺は「何ですか?」と視線を泳がせた。
「俺に、小さい時に戻ってほしい?」
泳がせていたそれを、その顔に固定した。
貫くような目は、心の中まで覗こうとするのに加えて責めるようにも見えた。
「そんなわけ……ないでしょう」
でも大きくなってしまった瞳は見抜いている。
全てが本意ではないことを。
だから聞いてきたんだ。
いや、小さかった時からその目はきっと何でも見抜いていた。
ユノがベッドに本格的に四つ這いになって上がり込んで、俺の正面に来た。
「そんな険しい目しないでよ。一緒に寝るんだから」
ぎょっとして正面を見直す。
俺を責めるような目で見て俯く。
俯いたまま「冗談だよ」と、か細く笑って、また顔を上げた。
「でも恋人だろ?」
目の前の相方を凝視する。
「……ヒョン……?」
俺の返事に苛立ったように手が伸びる。
大きな手が自分の両頬を包んだ。
ベッドの上、俺の腹の上、デスクの上、
小さなユノがまだそこかしこで見える様な部屋で、おとぎ話なんかじゃなくて、本当にあったここで、
わけわからずその表情を見る暇もなく、ユノの顔に覆われる。
目を見開いた。
焦点の合わないユノが俺を確認するように一瞥した目を閉じて、更に深くその唇を押し当てる。
慌ててもがいて壁に後頭部をすりつける。
その手をどかせようと掴むと、より一層強い力で掴まれた。
唇を何度も食まれて声が出る。
「んんっ」
口を離された。
頬を包まれたまま、目の前で顔しか視界に入らないユノが切なげに覗いて来る。
「大きくなった俺は嫌だ?」
息を呑む。
「大きくなった俺じゃダメ?チャンミン」
つづく