「チャンミンくんの恋人52」ユノ×チャンミン
ドアの前で立ったまま、呆然とデスクの上を眺める。
近づくと、崩れたブロックの破片が、ぽんぽんと積み上げられて足を止める。
積み上げられてブロックは、赤や青や黄色や緑の、大きな城になった。
頭上を巨大な竜が羽ばたいて、
足元には花から生まれた姫がいて、
海に出れば海賊が宝の地図を持っている。
俺のお供は、線をえがいて飛び回る妖精じゃなくて、
結構良く食べる水色の上着の小さな……髭の生えた王子。
心地良かったんだ、本当に。
独りの部屋の真ん中で、情けなく笑った。
余りにも自分が未練たらしくて、
ベッドに潜って目を閉じた。
でも起きて、誰もいない視界にどうしてもうんざりする。
それから、忘れてしまうんじゃないかと思った、
慣れてしまったら、
あの不思議で特別だった日々のこと。
けれど、どこにでもある現実が、また一日を始める。
「あの、教えてください」
テレビ番組の収録の後。
過去にも何度か一緒になったアイドルグループの女の子達が控え室に挨拶に来ていた。
ソファーの隣に座って、携帯電話を見せられる。
「ああ、いいですよ」
日本語のメッセージは苦手なんだけど、可愛くて背も結構高い子だったから、自分も日本用の携帯電話を取り出して、教えた。
ユノも誰かと話している。
また隣から言われる。
「秋にまたこっちでライブあるみたいですね!」
「ああ、はい」
無邪気な感じの子だった。
スタイリストが衣装を取りにやってきた。
「お疲れ様です。すごい恰好良かったですよ」
「ありがとうございます」
ユノもこっちに来て、「ありがとうございます」と言いながら笑った。
今日も忙しいのは変わらない。
何もかも元通りだった。
仕事で会う彼ら、目にするファン、連絡を取る友人達。
自分達に起きた、奇想天外な出来事を、誰も知らない。
当たり前だ、あんなに頑張って隠したんだから。
ユノさえも口にしない。
テレビだって忘れてるらしい。
もうきっと誰も真相を知ることはないんだ。
あの隠された一か月を。
泣きたくなるほどの、楽しかったあの、
――夢のようなお休みを。
タオル類はもう洗濯に出していたから、
破けた場所からブロックが飛び出ている、全面を覆っていたラップを剥がした。
深夜に帰ってシャワーだけ浴びてから、いつもの誰もいない部屋で、デスクチェアーに座って見据えていた。
直さなかった理由は、分かっていた。
ずっと浸っていたかったんだ。
だって、これはおもちゃなんかじゃない。
これは……ユノの部屋だ。
俺が作った、ユノの部屋だ。
「……小さいままでも良かったのに」
部屋の壁が濡れる。
自分の目元を拭うのを忘れて、ブロックを手で拭った。
何言ってんだ、俺は。
それ以上の涙は食い止めて、幼稚な自分を振り払うように頭を振ってから、息を吐いた。
本当に終わりなんだ。
明後日、俺達は帰国する。
夏の初めに出したシングル曲のプロモーション活動も終えて、
秋発売のシングル曲も明日のテレビ収録で終わる。
十分俺は浸った。
向こうに帰れば友人だって待っている。
ブロックを一つ手に取った。
ユノは大きさが戻って行ったとき、すぐにこの部屋から抜け出たらしい。
壊れた箇所はそこまでなかった。
相方の手伝いがなくても、30分ほどで、
俺の前を行くように、
それは元に戻った。
つづく