「チャンミンくんの恋人54」ユノ×チャンミン
朝、薄暗い天上を見上げながら、
俺は怪訝な顔をしていた。
それから、違うな、と思った。
可笑しいだろ、
感じている寒々しさは増す一方で。
俺は寝ながらにも辛さに痛んだのか、胸を抑えていた。
何か原因が違うのかもしれない、とも思った。
正確に言うと、何か違う原因もあったのかもしれない。
――デスクの上から、小さな誰かが覗いていたら良い。
はっきりしない意識で、俺は期待してしまいながら目を開けたのに、
無意識に最近のユノが小さくなった姿を想像して、それは思ったより嬉しくなかった。
なぜなら、今のユノが小さくなっても、俺が起きるのを待って覗き込んではいない気がしたからだ。
起き上がって、釈然としない頭で、「って、明日には帰国なんだからもういいだろ」と溜息を吐いたところで、突然襲って来た悲しさに訝しむ。
逃げるように部屋を出た。
「おはよう」
すっかり着替えも済ませていたユノがにこっと笑う。
「……おはようございます」
また手を充てて胸をかばったのは、お馴染みの笑顔を見てなのか、もう殆ど食べ終わりそうな食事を見てなのか分からなかった。
ユノが俺を見据えて、箸を止めた。
「ん?どしたチャンミン。顔色悪くないか?風邪か?」
マネージャーがキッチンから出て来た。
「大丈夫です。問題ないです」
「本当に?」
黒い瞳が俺を見る。
「……はい」
じゃあいい、と仕方なく微笑んで相方はまた箸を再開させた。
「これしっかり食べろ。あとこっちの肉も」
マネージャーに言われたものを、必死に食べていたら、食べ終わったユノが席を立って部屋に戻った。
俺は今朝突然襲った悲しさや、釈然としない気持ち、俺が食べ終わる前に行ってしまった相方を思い出して、控室でぼうっと用意されたケータリングを摘まんでいた。
ユノは鏡の前に突き出たテーブルにもたれるように立ったまま、相変わらずスタッフに囲まれて談笑している。
スタッフはこっちにも何人か話しかけに来たけれど俺の返事が上辺なもの過ぎてどっか行ってしまった。
手に取れるサンドイッチや菓子は、あんまり美味しくなかった。
でも私服に着替え終わったし。次の現場まで時間あるし。
「ずっと食ってんな」
ユノが俺の隣に来て座る。
思わずじっと見た。別に変ったことじゃないのに、俺は相方が来るとは思ってなかったらしい。
「それ美味しい?」
ユノが口を開けた。
俺はじっと見ていたままの表情で、菓子を持っていた手じゃない方の手で持っていた紙コップの茶を渡した。
「ダイエットお疲れ様です」
久しぶりにユノが口を尖らせる。しぶしぶ出された茶を飲んだ。
「クッキーが俺の口に飛び込んできてくれたらなあ」
「それ食べるの可哀想でしょ」
紙コップを口から離して、ユノが笑った。
俺も何となく嬉しくなった。
こんな軽い会話を早くしたかったのかもしれない。
「どれもあんまりでしたよ」
「なのに食べてんの?いいなあ」
「もう末期じゃないですか」
ひとしきり笑ってから、ユノが落ち着いて言う。
「なあ、チャンミン」
相方を見た。
「何かあったら言って」
ユノが苦笑して続ける。
「それが、俺のことだったとしてもさ」
こちらに向いている黒い瞳と見つめ合った。
「言える人間俺しかいないだろ」
それは自分達が隠したから。
ユノは、小さい相方を俺が恋しがったこと、その相方に恋愛感情をぶつけられて俺が戸惑ったことをさしている。
俺は、形よく通った鼻筋や、下唇の厚い口、黒い瞳、小さな顔全体を眺めた。
本人相手に、本人にしか出来ない相談事なんて、この先きっとない。
ユノも忘れたりなんかしていない。
自分の部屋をあんな顔で見ていた様子でそれは分かっている。
でも俺は、相談がしたいとは思わなかった。
それよりも、会話を、長くしたいと思った。
久しぶりにまともに話しているからかもしれない。
ずっと今、会話をしていたいと思った。
「ユノ」
と名前を言う前に、テーブルの上に置いていた自分の携帯電話が振動する。
視線をそちらにやった後、またお互い顔を見合わせた。
メッセージだとは分かるけど、
見ないのか相方が目で聞いて来る前に、テーブルに置いたまま手早く画面を指で開いた。
俺が話を続けようとしたのが分かっているから、ユノは待っている。
昨日のアイドルグループの女の子で、気を付けて帰って下さいと、あれから初めて来た短い一文だった。
思いもよらなかった相手のアイコンにもなっている本人画像は、ユノの視界にも入ったはずだ。
「じゃあ、チャンミン。相談には乗るから」
ユノが穏やかな微笑で立ち上がる。
「身構えなくても、って言っても俺が悪いんだけど」
冗談っぽくはにかんでから、ソファーに座ったまま何も言わず見上げている俺の顔を見ている。
隣から離れていった相方を俺は不思議に眺めていた。
「もう友達として、というか仕事仲間として、プロとして、俺は接してるつもりだから、そこは分かって」
言い聞かせるように微笑んで頷いて、紙コップをテーブルに置く。
俺は顔でだけ少し追いかけた。
けれど、その登場人物は立ち去ってしまったから、会話は続けられなくなった。
つづく