夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「密葬 2」ユノ×チャンミンの短編


呆然とその姿を眺めた。綺麗に並んだ歯並びは、変わらない。大きな犬歯が前に出ていた姿の時から、仲良くなった。その歯並びに変えた時「痛いよ」と後輩の自分に笑っていた顔が昨日のことのように思い浮かぶ。


この国の中で、自分達の高校は、自分達だけの祖国を持つ人間で構成されていた。だけど、そこから飛び出して、この国の人達と同じ大学に行き、二人でこの地で名を上げようと約束をしていたのだ。だから今でも日本名は使わなかった。
けれど、ユノが大学に入ってから、俺達は会うことはなくなった。それから一度も連絡さえ取っていない。
その人間が今、目の前にいる。


「こんな時間にごめん」


「いや。入って」


嘘のようだった。忘れたことなど一度もなかったけれど、こんなにあっけなく十年の歳月と距離は、縮むものなのか。半信半疑で中に招き入れる。いつの間にか俺の方が、背が高いユノを追い越している。それでも小さな顔と、整った顔立ちはあの頃と同じように、今でも自分の目を引いた。


ユノは暫く俺を眺めてから。


「チャンミン。すごい格好良くなったんだな」


「え?」


「高校の時は可愛かったのに」


俯いて靴を脱ぎながら言う。少し覗き見ると、顔を赤くしていて、照れているようだった。
一気に伝染して、頬が赤らむ。ユノのそれどころの騒ぎではなく、俺は多分全身、茹でた蛸のようになったはずだった。玄関まで漏れたクーラーの冷気が意味がないほど。


そうか。俺は十年経った今でもそうなのか。


あの頃、染め上げられていた茶色の髪は黒く伸びて、少年の幼さが残っていた痩せた体も程よい脂肪と筋肉がついて、すっかり大人の後ろ姿になっている。ユノはこう変わったのに、俺は今でも、そうなのか。


そっと嘆息しながらも、突然訪れた神がかり的な再開に戸惑いと、遅れて胸が高鳴ってくるのを感じる。リビングのソファーに座ってもらった。



「珈琲か冷たいお茶か、ジュースもあるけど。酒は切らしてて」



キッチンから声をかけると、ユノは緊張しているのか、少し慌てたように、振り向く。



「あ、ごめん。俺、いらない」



「え、気にしなくていいけど」



「いや、本当に。大丈夫だから」



何か緊急の用事なんだろうか。
時間がないのか、切羽詰まった用件なのか、それはどちらにしろ高鳴っていた胸に、自分の成長の無さを自覚させて、じくっと痛みをもたらした。


「お腹は……空いてない?」


「うん」


小さく溜息をついて、自分だけ手早くペットボトルの茶をグラスにいれた。
ソファーにユノが座っているから、その隣に座るのも変だろうとラグに胡坐をかく。ユノは、そんな俺に懐かしむような眼差しを送った。その目が真摯で、さっきの懸念は杞憂だったのだろうか、とまたいらない動悸が復活するのに独り苛立った。
ユノ……
俺は本当に十年前にあっさり戻ってしまったみたいだ。その心情を慮ろうとしては、自己嫌悪に陥りそうだ。ユノが目をそらさないから、持って来た茶のグラスを握りしめたまま、口もつけずに見つめ合ってしまう。
また繰り返しそうだ、だめだ。



「ユノ。元気だったんですか?」



食い入るように見てしまう視線を変えた。俺に合わせるように、少し俯く。



「……ああ……うん。チャンミンは?」



「元気ですよ、この通り」



「そっか」



再び顔を上げて俺を見るユノの目はまるで慈しむような、戻れない思い出にでも浸るような、少しの切なさも込められたものだった。俺はさっきの戒めも忘れて、また阿保みたいに魅入ってしまう。目自体は大きくはないけれど、切れ長の形の良い目に大きな瞳。笑うと瞳だけになる。目に合わせたように小作りな高い鼻に俺より小さな口、あの頃より精悍になったユノの顔。


十年前に、俺が背けたユノの顔だ。


「チャンミン。今何してるの?」


「……ああ。売れない物書きです。全然大したことない」


「えー、すごいよー」


ユノが笑う。



唇の下に覗いた犬歯よりも、目が、印象的だった。



「一回話してみたかったんだ。チャンミンと」



言って笑った。



遅れてやってきた自分の嗜好を自覚させたのは、
高校の時、そう声をかけてきた、運動部の無邪気な青年だった。


二人共、とても目立っていた。当時自分はユノより1㎝低かったけれど、高身長で、顔も自分でもかなり良いと思っている。成績も殆ど首位だったし、運動もできた方だ。
そんな自分も、その存在を知っていた。
頭の小さな独特のスタイルの良さと、群を抜く運動神経。女子がこぞってその名前を話題に出していた。


声をかけられる前から目が追っていた。無意識に自分の性癖が悪魔のように囁いていたんだろう。


「お前はこっちだよ」と。


ユノも自分の華やかさを知っていたから、似た存在の俺が目に入ったんだ。仲良くなってから、毎日のように一緒にいた。最初は本当に俺は気づいていなかった。だって、自分の好きな人間と同じだと、誰だって思いたいだろう。その好きと言う感情が段々と胸を締め付けて行くようになって、やっと分かったんだ。


俺は、ユノと違う。


墓場まで、持って行こうと思った。


渡り廊下から見上げた校舎のベランダで、西日を背に自分に手を振っている。
どこから聞こえているのか分からないチャイムの音。昼休憩の喧騒、校舎の持つ様々な匂い、囲む緑の光。外の社会生活を知らずに、これが全てのように幼さを武器に笑い合っていた。この真実を言いさえしなければ、それが永遠に続くような気がしていた。


けれど、それはなかった。俺がギブアップした。自分より早く、大学生になったユノが、高校生活と言うそれしか知らない俺に、更に自由な生活があることを教えた。沢山の男女との交流や、それにまつわる楽しみを自然に語った。
まだ自分達の青春は続いている。


いつかこの人間は、特定の相手を見つける。高校の時だって、ユノは彼女を持った。だけど、友人を最優先してしまう純粋さが、彼らに別れをもたらして、俺に安心感を与えた。


でも、きっともうダメだ。そして、恐らく俺はこの先一生それを見て行かなくてはならないんだ。


十年前、考えては苦しんで、ユノとの交流を避けた。それからもずっと避け続けて、当然、音沙汰もなくなった。


それで良かったと思っていた。記憶の中のユノは、最後まで俺を一番に考えて、その虚しい優越感だけで、俺は救われていた。
あれから同性の恋人を持ったこともあったけど、会社の人間に気付かれないように、常に気を張る恋に疲れて、自分から遠ざけていた。いや、きっといつもこの頭の中に、あの黒目がちな笑顔がちらついていたのが理由だったんだと思う。


まだ、夢でも見てるみたいだ。


その笑顔をもう一度俺は見ている。


まるで蜃気楼でも眺めるように、視界に入れながら、


手元のグラスから滴り落ちた水滴に、我に返る。一口飲むと、俺の体温で生温くなっている。


さっきの懐かしむ表情が少し硬くなって、視線を動かしつつ、意を決したように口を開いては、閉じてしまう口元を、幻みたいに眺めていた。


ああ、ユノは、何か言いたいことがあるのか、とやっと分かった瞬間に名前を呼ばれた。



「チャンミン」



俺は茶をもう一口飲みながら頷く。



「……いきなりこんなこと言われて、本当に困ると思うんだけど、どうしても言いたくて来たんだ」



俺はユノに集中していた。意識なく動作も止めて、自分の高鳴りも、耳に入れないように。いきなり何を言い出されるのか分からずに、でもこんなに緊張するのは、俺の中のユノが、本当にそっくりそのままの位置にいるからだと実感する。


グラスに口付けたまま、上目にして伺っている俺は、ユノも緊張しているのが見えている。
金の無心だろうか、でもそこまで自分は有名でもない。そうなら「言う」じゃなく「頼む」と使うだろう。
それに、自分の「ユノ」はそんな人間じゃない。


「ずっと、言いたかった」


真摯な目が俺を見つめてから、気まずそうに俯く。
本当に分からない。グラスを離した口元で、笑みを浮かべようとしたみたけれど、ぎこちなくて形にならない。余裕を持てない。


「男にこんなこと言われて、ってゆーかこんな昔の俺のこと忘れてるくらいだと思うんだけど」


男と言う言葉に、鼓動が反応した。
いや、そんなことはありえない。勘違いはするな。
でも全身が五月蠅くて仕方がない。


「俺、チャンミンに嫌われてたかもしれない……けど」


「そんなことないです」


俺は表情も変えず、微動だにせず即答する。早く話を進めてほしかった。


「うん。良かった。避けられてるような感じだったから、気になってたんだ」


ああ、そりゃそうだよな。それしかない。
これからまたあの頃のようにって、それは分かってた。
「ずっと、言いたかった」なんて変な言い回しをするからさ。でも、あの頃、メールの一文でもユノは、何で避けるのか、実際避けているのか、それには全く触れて来なかったのに。


しかし、十年越しの仲直りとは。


分かっていても、脱力と同時に、これ以上話を続けると、この逃亡が無駄になりそうなほどの、自分の成長の無さを痛感してきて、今日のところは早めに切り上げようか迷い出した。


「避けられてても、言いたかった。好きだったんだ」


再び俺は動きを止める。


泳がせていた視線も停止して、何もない正面を見つめた。


グラスを、目の前のローテーブルにも置けずに、胡坐をかいた膝元に置いた。



「チャンミンがいなくなって、気付いた。俺はチャンミンのことを女みたいにっていうか、女には持てなかった恋愛感情を持ってるって。あの頃は仲良かった女友達に告白されて、付き合ってみたいのもあったし、友情を勘違いしてたんだ」



ユノが、答え合わせでもするように、更に分かりやすく説明する。
俺の反応を見るのが怖いのか、こちらを見ないまま、足元に視線を忙しなく動かしている。それでも、まだ俺の理性はそうじゃないと食い留めようとする。



「チャンミンの中で、俺のことを綺麗な思い出のままにした方が良いと思ってたけど、どうしても、これを言いたかったんだって、やっと分かったから、来たんだ」



「ユノ」



恋しかった名前を呼んだ。



「俺は、男が好きで、それで、チャンミンがずっと好きだった」



「ユノ」



もう、大丈夫だ。俺は安心した。



「ユノ。俺も、同じだから」



ユノの動きも止まった。


こんなことが、あるんだろうか。


俺は本当に夢でも見ているようだ。


いや、夢でも良かった。こんなに良い夢は見たことがなかったから。


黒い瞳が濡れて来て、ユノが笑った。
目に涙を浮かべて、俺に嬉しそうに笑った顔は、あの頃のままだ。
犬歯は覗かない方の笑顔だった。
俺も涙ぐみながら、でも恥ずかしくて目を瞬いて誤魔化した。弛んでくる顔のまま、落ち着こうと、小さく息を吐き出して言う。



「ユノ。ユノが今も俺のことが好きだったら、俺達付き合いませんか?」



でもユノは、笑顔を切なげに変える。
俺をまるで、戻れない思い出のように眺めた。
そこにはさっきまでの、懐かしむというような余裕はない。
本当に悲し気な表情だった。



こんなどうでもいいことに俺は今、なぜか気づいた。



この真夏に、ユノは長袖のシャツを着ていた。
















つづく

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