夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「密葬 3」ユノ×チャンミンの短編


それを視認しながら、そんなものにも意識がいってしまうほど、俺は気を紛らわせたかったんだと思う。
恋愛の始まりには凡そ相応しくない表情で何も答えてくれないから。あんなに固く、言わないと誓った相手に、俺は、吐露したのに。でもそれはユノが先に告白したからで。


過去の話をするためにわざわざここへ来たなんて思えない。


なのに、その悲しい表情は何なんだ。



「……俺、早とちりしました?」



そんな事思っていない。けれど、何か口に出さないといたたまれなかった。
俺を見つめたまま、呆然と首を横に振られる。


「……じゃあ、いいじゃないですか」


自然なことを言っているつもりなのに、首を横に振られて安堵してもいいはずなのに、俺の声も力なかった。最高に幸せな瞬間の二人だと、今の自分達の表情を誰が見ても思わないだろう。
ユノが小さな顔を、伏せながら軽く両手で覆った。
俺は訝しく見つめる。



「……付き合いたいなあ……」



手の隙間から、蚊の鳴くような声が、吐き出された。軽くだと思ったけれど、その指先は額に痣が付きそうなほど力が入っている。俺はユノを凝視したまま、目をそらせない。



「チャンミンと……付き合いたいなあ……」



か細いけれど、悔しそうに繰り返された。男同士だと言うことだろうか。ユノは俺を好きだと気づいてから、一途に一人も伴侶を作らなかったのだろうか。けれど、その涙声は、そんな常識に対する自分達の状況の不利を嘆いているにしては度を超えている。俺は息をするのも忘れて、唖然とその姿を見ていた。



「ユノ、結婚でもしてますか?」



理解が出来なかった。両手で顔を覆ったままのユノがゆっくりと首を横に振る。直毛の黒髪が揺れる。



「……チャンミンのこと、好きって言っただろ」



俺もユノは絶対にそんなことはしないと思っている。同性しか好きになれないなら、特殊な場合を除いて、それは大体が裏切りだ。



「じゃあ、なに?」



俺達の間に、沈黙が流れた。


深夜の暗さが自分達に被さって来るようだ。
顔を隠したまま、何も言わないユノを見ていると、マネキンとでもいるみたいで、闇の中にいる人形に思えて来る。



「……付き合えるかな」



ユノがぽつりと呟いた。
俺は現実に引き戻された。
ユノが静かに手を顔から離して、ぼうっと前を見る。そして、また呟いた。



「できる、かなあ」



俺は胸が高鳴り出した。一連の奇妙なユノの逡巡なんてどうでも良くなっている。



「できるよ」



相手に催眠でもかけるように、祈りを込めて言った俺をユノが見た。
良く見れば、ユノはとても疲れたような顔をしていた。あまり眠れていないのかもしれない。



「ユノ。今日は泊まっていけばいいから」



俺の顔を見つめて微かに口角を上げたのを見て、俺も少し安心する。でも、ユノはまた首を横に振った。



「いや、帰るよ」



ユノを見据えながら、動悸がしてくる。
このまま帰して、再びここへ戻って来るんだろうか。あそこまで悩んでいたのに、そんな疲れた顔で。今ここで別れたら、もう二度と会えなくなるんじゃないだろうか。
逃げたのは俺なのに、もう離したくなかった。



「何で?電車もないし」



そもそもユノは今どこに住んでいるんだろう。こっちで独り暮らしをしてるってことだよな。今日地元から出て来たなんてことはないだろう。



「ちょっと、噛みしめたいんだ」



幸せを。と言ったユノの顔は全然幸せそうじゃない。無理やりに微笑みを作ったようなそれは「ちょっと、まだ考えたい」って顔だ。そして出す結論はきっと良くならない、
そんな悲しい陰を持った顔だ。



「嫌です。帰らないで下さい」



ここで逃げられたら、たまったもんじゃない。お互い十年だぞ。



「明日、また来るから。来て良い?」



「いつでも来て良いけど、今日はここにいて欲しい」



その脚に手を伸ばした。


ユノがびくっと身を引いたのと同時に、かたんと音がして、俺の膝にあたったグラスが倒れる。


ユノが立ちあがった。



「ごめん、明日、来るから」









胡坐をかいたまま、男は体を強張らせた。突然勢いづいた予期せぬ音に対する防衛本能なのもあった。しかし、それだけではなかった。



匂いがした。



部屋中に立ち込めていた香のかおりを侵食していくような匂いを男の鼻が捉えたのだ。


強烈な、悪臭だった。


物が腐っている、それだけが分かる。後は全く次元の違う、嗅いだことのない腐臭だった。
蛋白質というより汚物を凝縮させた、もしそれが腐っているのなら、完全にどこか溶けている状態だと思わせた。既に酩酊状態だった男の胃を、揺さぶってこみ上げさせる。けれど酒しか入っていないそれでは口から吐き出されるまでにはいかない。
ついさっきまでは気づかなかった、蠅が飛んでいる。男の家には元々、最初の日から供え物として生果や菓子が玄関先に置いてある。男が用意したのではなく、誰かが用意したのだ。それは葬儀業者や、知人だったかもしれないが、その記憶さえも頭から抜け落ちている。仏壇に置かれていたものも、男がよけてそこにまとめた。ここに帰って来る人間の目につきやすい場所に置いたあった方がいいと思ったからだ。それに元々たかっていた虫だったのかもしれない。
蠅の羽音を聞きながら、でも、男は動けない。圧迫されそうな臭気が、男を包囲していた。



たん……たん……



弱くなっていた音が、もう叩いているとも言えない音に変わった。
けれど身動きできない。声すら出すことができなかった。
どれだけその瞬間を待ちわびたか知れないのに、涙で潤んでいた目はすっかり乾いて、
そこには少しの、恐怖さえ、混じっていた。


ドアの向こうには恐らく、匂いの変わってしまった妻がいる。


男は直感していた。
自分はここから飛び出して、あのドアを開けなければいけない。音は既に止んでしまっている。早く、早く動かなくては、行ってしまう。男の理性はそう叫んでいるのに、なぜか身体が麻痺したように動かない。


行かないでくれ。そう叫びたいのに、その喉からは、何も、出て来ない。







入力する指を止めた。


白地を背にした文字が頭に入ってこなくなった。集中力が切れた。
俺はこすり合わせた指先の動きをとめて、左手だけ、掌を拡げた。それを閉じながら、そっと親指で残り四本の先を触った。


確かに、触ったはずだ。


ユノは帰った。最後、あまりにも急いだ姿にあっけに取られたのと、床を濡らしている茶に気を取られて、見送りもままならなかった俺から逃げるように、部屋から出て行かれた。


だけど、あの時、俺は確かに触ったはずだった。


俺はこの気持ちに気付いてから、自分から外した行為がある。
俺からは極力ユノに触らない。
というより、触ることが出来なかった。
好きな人間に邪気無く触れられなかった、勿論必要な時はしたけれど。肩を組めば意識をするし、感極まったユノが俺を抱きしめて来た時は、体が反応した。
それを何気ないふりをしてずっと隠して来たんだ。その癖は十年経った今も抜けていなかった。
でも、当時と同じく、必要な時と判断した頭が、反射的にあの、ユノが行こうとした時、手を伸ばさせた。それにはやっともうお咎めがないと言う意識が働いたのもあったかもしれない。


けれど、遠近感が妙だった。
俺はユノのジーンズに包まれた脛の部分に、この掌をあてようとした。
いや、俺の光景では指先はあたっていた。



でも、この手のどこにもその感触は残っていない。
















つづく

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