「少し暗い日々の帳を抜けて8」ユノの短編 ウニョク キュヒョン ヒチョル
「浮かない顔ですね」
自動販売機の前で、会った途端に言われた。
そんなことないよ、と笑ってみたけれど、表情無く大きな黒い瞳で見つめられた。
「何だよ。コーラで良い?」
「あなたが良い」
は?と声を出さずに、隣に向いた。
キュヒョンが上目遣いに俺を見て、機嫌を損ねたように顔をそらせた。
こいつ冗談も言ったりするのかな、と思ったりして、首を捻りながらまた自動販売機に向き直った。
ぶっきらぼうに白い手が横からコーラのボタンを押した。
出て来た缶を渡しながら、自分の分も取り出す。
キュヒョンが何も喋らないから、何となく話すことがなくて、むしポケモンの鳴き声を聞きつつ、ガードレールにもたれていた。さっきの青年の言葉や、ヒチョルの言葉なんかが、夏の夜に浮かんで行った。
「マスターか……」
思わず出た独り言を飲みこむように、コーラを口に含む。
「目指したいんですか?」
隣を向くと、キュヒョンと目が合った。
「いや、それは」
見透かしたような目から視線を泳がせる。
大きな瞳に見据えられて、俺の方が言葉が詰まりそうだった。
「それは、今更……」
と、言ってから、完全に詰まった。
キュヒョンは俺を伺うと言うより横目で睨んでいる。白い肌に強い目が聡明そうで、逃げるように顔をそらした。
もう休憩時間が終わる。
「行かないと」
ガードレールから体を離すと、隣もそうした。
「あなたは向いてますよ」
キュヒョンに目を向ける。
「きっと良いマスターになります」
真剣な表情で言われて、たじろいでしまう。
「何言ってんだよ」
「今更なんてこと何もないです」
見つめ合ったまま、俺は何か言えば、意識していない自分が出て来る気がして、言葉を失っていた。
「あなたは向いてる。あなたを好きになった俺が保証します」
俺は目を瞬かせた。困惑する頭が働かない。じっと見て来る顔はそらされなかった。
「俺には、マスターなんて」
こんなこと出会ったばかりのポケモンに言うのも可笑しいのに、混乱し過ぎているのか、呟いてしまった。
「俺には……ポケモンを捕まえていくことが良いこととも思えないんだ」
むしポケモンの声をかき消して、遠くから作業に入り出した騒音が聞こえてくる。
キュヒョンが俺の顔を眺めて、
「俺は、あなたといられるポケモンが羨ましいですけど」
そう言って、俺が持っていた空の缶を手に取った。
「仕事、頑張って下さい」
小さく言われた声に返事が出来ずに、俺は現場に踵を返した。途中でキュヒョンに振り返ると、夜に佇んでこちらを見送る姿は、
白い肌が光っているように見えた。
つづく