「少し暗い日々の帳を抜けて10」ユノの短編 ウニョク キュヒョン ヒチョル
ポケモンだって電車が危険だってことは知っているのに、切符を買って自分から飛び込んだのだろうか。空には飛行するポケモンの転落を防ぐために強い電磁波が張り巡らされている。
駅員が一人で対応しているのを見て、何となく足が駆けだした。自分達も切符を買ってホームに入る。
カイリューは生きていて、足だけ怪我している様だった。そこら中に血が点々とついている。
「誰かが間違ってカプセルをホームで開けた」
「トレーナーは逃げた」
ホームから見ていた数人が口々に言っていた。到着予定の電車は隣の駅で停止していた。
「今救急隊と警察を待ってます」と、線路で駅員が狼狽えた様子で溜息をついた。
「降りないで下さい」と言われても俺は降りた。ウニョクはホームではらはらとこちらを見ている。
子どもの頃にはあんなに大きく見えたポケモンが、今では少し見上げるくらいの高さだった。震えているカイリューはあの時と同じに何も声を出さなかった。パニックに陥っているみたいだった。
その体を撫でてみる。黄色い表面は硬くてひやりとした。俺の手にもぶるぶると震えている。
「早く、これで病院に連れて行ってあげて下さい、治療費負担するんで。トレーナーが拒否したら、野生に帰してあげて下さい」
俺はバッグからカプセルを取り出して、怯えた目をするドラゴンに見せる。それから初めての行為に緊張してそっと息を吐いた。
そして、軽くその体に投げつけた。
空中でぱかりと開いて赤と青と黄色の光が、中から稲妻のように放射した。
目に焼きつくほどの明るさが辺りにほとばしる。
吸い込まれるように小さくなったカイリューが、ぱちっとカプセルのロックの音と共に封じ込められた。
中が少し透けてころんと線路に転がった。拾い上げて駅員に渡す。
「そうですよね、治療が先ですね。治療費は保険がおりると思いますので。ご協力感謝します」
駅員が俺の名前と住所と連絡先を聞いて、それでおしまいになった。
「おー。なんか疲れた顔してんな」
ヒチョルが夜だけどサングラスをして待ち合わせの時間通りに現れる。遅れたら怒るのが分かっていたから、俺とウニョクは時間ぎりぎりだったけれど、ネオンで彩られた駅前を走って何とか間に合わせた。
「それが、さっきすごいことあってさ」
さすがダンスポケモンだな。もう汗も引いて、けろりとしているウニョクがヒチョルにまとわりついた。
「何だよ」
鼻で笑うポケモンに、ウニョクがさっきの出来事を全部話し出した。それで「カプセル投げたユノはトレーナーっぽかった」と締めくくった。
そんな風に思ったのか。
片手で顔を隠した俺ににやりと笑って、鋭い目のポケモンが「ふーん」と言った。
映画はあまりピンとこなかったけれど、ヒチョルがラーメン屋でその映画を散々こきおろしたのが面白くて、ウニョクも酷すぎると言いながら、もっと酷くこきおろして、俺は困りながら笑った。
帰りの電車で、ウニョクはまたさっきの俺の話を楽しそうに話していて、「もうその話はやめてくれ」と言いながらもヒチョルは聞いていた。
俺は恥ずかしいのもあって、話に入らずに正面を向いていた。
向かい側の席に女性とピカチュウが座っている。
女性が「まだ食べちゃダメ」と隣のピカチュウと話しているのが聞こえた。買ってもらったんだろう、好物のケチャップを抱えてピカチュウは女性に笑いかけていた。
今日持ち歩いたカプセルに、俺が入れようかと思った、あのケチャップを抱えて嬉しそうなポケモンに似た奴は入らなかったけれど、あのカイリューは治療を早くすることが出来て良かったかもしれない。
女性とピカチュウの後ろで輝く、色んな色の町の灯はとても綺麗に見えた。
つづく