「鶯 1」ユノ×キュヒョン
日本で、同じ事務所のアイドルが合同で行うコンサートがあった。
二日前の晩に来日して次の日、午前中のリハーサルを終えて、スタッフと一緒にライブ会場で昼食を取っていた。
夏だった。
野外の会場で仕出し弁当をスタッフと食っていた。
ホーホケキョ
と、言う鶯の声が聞こえた。
ふーん、日本にもいるのかと思いながら、それが久しぶりに聞いて懐かしかったのと、綺麗で可愛らしい声だったから、話すのもやめて一人聞き入った。俺が無口になった理由は、他のスタッフは気づかなかったようで、だけど特に気にされずに昼食は和やかに終わった。そう言えば、鶯ってこの季節だったかな、と考え出したけれど、鳥に季節なんてないか、と考え直したりもした。
他のグループがリハーサルをしている間、俺は二人グループなんだけれど、相棒のチャンミンは仲の良い友人が他のグループにいるもんだから姿が見当たらなくなって、自分も色んな人間に話しかけられながら、ふと一人になった時、また声が聞こえた。
ホーホケキョ
同じ奴だな、とほくそ笑んで、姿は見えないけれどその方向を見ながら、
「良い声だね」
と呟いたりした。
夕方、会場近くのレストランに、みんなでわいわいと向かって宴会をした後に、早めにホテルに戻った。
チャンミンとは最近部屋も別々で、一人シャワーも浴び終えて、あとは寝るだけという体勢で、でもまだ眠気もなく、窓の外の夜景を見下ろしていた。
この国の風景を見ていると、とても自分の国と近く、長居していることもあって、慣れたものだと思っているのに、いつも新しさを感じる気がする。
ネオン一つとっても、やはりここは外国だな、と思った。
別に夜景のスポットでもなく、派手さはないけれど、その何か分からない新鮮味を感じながら、魅入っていた。
そこに、ノックの音がした。
すぐ後ろの、リビングにあるソファーセットまで歩いて、長細いテーブルに置いた腕時計を掴んだ。
遅くはないか。
チャンミンかマネージャーが来ても可笑しくない、どちらも寝ていないような時間帯だった。
確認事項があったんだろう、思って開けた。
顔をしかめる。
相方が仲の良い他のグループのメンバーだった。
俺の顔を見て、「ちょっと入ってもいいですか?」と聞いてきたから、首を傾げながらも「うん」と言って招き入れた。
俺はバスローブ姿だったけれど、こいつはTシャツとストレッチパンツだった。
「なに?」
少しぶっきらぼうだったか、と思ったけれど、それも仕方がない。だって自分達はそんなに仲がいいわけでもない。
そいつは「すいません、座ります」と言ってソファーに座った。
長い話なんだろうか、と思って、自分もL字型に置かれたソファーセットの一人掛け用の方に座った。
すると、「ユノヒョン」と言って、俺の顔を横目でちらりと見てから、押し黙った。
「ヒョン」って言うのは「兄」という意味で、これは、俺の方が年上だから。
眉根を寄せて難しい顔をして、視線を泳がせている。
なんだよ。
普段はにこやかな奴なのに、どことなくいらつきを感じさせた。
「なに?」
聞いた俺を、正面を向いたまま腹を括ったように息を吸って、また横目でちらりと見た。チャンミンと一番仲が良いこいつは、肌の色が白くて、見るたびに自分とは違う生き物のような感じがするけれど、目の前で見ると、更にそう思った。
栗色の少しパーマのかかった髪から洗い立てのシャンプーと、香水の混じった匂いがしてきて、寝る前にも付け直したんだろうかと訝った。
「驚かないで下さい」
横目で見てから、今度は俺を視界に入れたまま固定した。
自分も眉を寄せる。
「なに?」
しか言ってないけど、別に良かった。仲がいいわけでもないけれど、長い付き合いで、そういうものから生まれたそっけなさだった。
「ユノヒョン、昼にウグイス褒めたでしょう?」
「は?」
何を言うかは、さっぱり予測出来なかったけれど、言われた台詞は単語まで分からないような感じで、何語で喋ったのかと思った。
けれど、母国語だった。
「あのウグイスは寿命だったんです」
「ちょっと待て」
意味は分かるけれど、突拍子もなさ過ぎて思わずのけぞった。いや、突拍子もないこともだけど、それよりもまず何でこいつがそれを知っているのかと思った。でもやっぱり突拍子のなさが上回って、思考が拒絶したのが、のけぞると言う行為に繋がっていた。
そんな俺に構わず、キュヒョンは一気に捲し立てた。
「ユノヒョンが褒めたせいで、どうやらそのウグイス、ユノヒョンを好きになっちゃったらしくて、これは種が違うんだから、そこんとこどうなってるのか俺も聞いたんですけど、鳥ってそう言う事あるらしくて、」
縋るように俺を見て来るキュヒョンは、体まで俺に前のめりになった。
「待て待て待て」
俺は思考回路があるのかも分からないくらい目の前の人間が発している言葉が分からず、その顔を見ながら、自然と意味不明な言葉を制すように、軽く片掌を差し出していた。
そんな俺に、もろともせずにキュヒョンが続けて叫んだ。
「そのウグイスが俺に乗り移っちゃってるんですっ!」
「ふええ」
俺は変な声を上げた。
俺達は数秒動きを止めて見つめ合った。
見つめ合ったのは初めてで、こいつ瞳が丸くて大きいなとか思ったけれど、そんなことはどうでも良かったし、何とも思わなかった。
「ちょ」
声を出した俺をキュヒョンが見直した。
「ちょっと、落ち着こうか」
と言って、俺は体勢を戻した。
キュヒョンも不満そうな顔で頷いて、前のめりな体を引いた。
俺は両膝に、両肘をつけて手を組みながら、黙った。
キュヒョンも黙っていた。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「だから、ユノヒョンが寿命間近のウグイス褒めたせいで、それが死んでから俺に乗り移って、俺に」
「ごめんごめん、俺が悪かった」
キュヒョンが視線を転々としながら、鳥の雛のように口を開けて同じ内容を更に早いスピードで喋り出したから、俺は遮った。
キュヒョンはまた黙った。
けれど、ここまでのやり取りで今の内容はやっと頭に入った。
頭を整理したくて、間を置いてから、口に出した。
「……乗り移ったんだ?」
「はい」
「キュヒョン、酒」
「飲みましたけど、抜けました」
俺は正面を向いたまま小さく鼻から息を吐いた。
それから、声を出した。
「いつ乗り移ったの?」
「シャワー浴びてる時です」
もし心の病にかかっているのなら、一刻を争うかもしれないから、と言おうと思ったけれど、
「そういうのじゃないです。それに褒めたの何で俺が知ってるんですか」
と心情を読まれて、少し驚いてその顔を見る。
「ユノさん、表情に出やすいんで」
急になぜか「ヒョン」が抜けた。馬鹿にされたわけじゃないと思うけれど、そういう気分になった。
俺と同じく再度前かがみになっていた体勢で、また俺を横目で確かめるように見てから、足元に視線を落として、キュヒョンはうんざりと溜息をつく。
「あのさ、キュヒョン……俺、そのウグイス見てないんだけど」
「向こうは見てたみたいですね」
「ですねって……」
ふ、ふーん。
これなに?
これなに現象?
これどうなるの現象?
キュヒョンは俺の鈍い反応が気に入らないみたいでちょっと不機嫌な顔で一瞥してきた。
とりあえずどこかに会話を進めないと。
「で?」
と、言った。
キュヒョンは仕方ないように言い出した。
「それで、俺に土下座して言うんです」
「誰が?」
「そのウグイスが!」
自分に吐き捨てた顔を見ながら、俺は言葉を失う。
「ユノヒョンとキスできたら成仏するって!」
俺は立ち上がった。
「もう寝よう、キュヒョン。疲れてるんだよ。一晩寝れば元に戻る」
「ユノヒョン!俺だって、こんなこと嫌ですよ!」
キュヒョンも立ち上がった。
必死な顔をして、泣きそうになっている。
「でも、頭の中で鳴くんですよ!」
「キュヒョン。もう俺達、ちょっと違うとこに来てるから、戻らないと」
俺は自分もキュヒョンも落ち着かせようと、両手で空気を抑えるように動かした。
「ユノさんどうにかして下さい!」
「ど……どうにかって」
ここ最近一番狼狽えた。
「何で褒めたりなんかしたんですかっ!」
キュヒョンの叫び声が部屋中に響いた。
俺はその悲痛な顔を見ながら、唾を飲み込んで、
「ごめん……」
とりあえず謝った。
つづく