夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「密葬 8」ユノ×チャンミンの短編


また夜が来ていた。


ソファーに座ったまま、ちらちらと動く明かりが、視野に入ってきて、意識を取り戻して、そちらを見た。いつの間にか照明はこれだけになっている。濡れた状態の視界で見ると、どこかの市議が不正に金を受給していたニュースが流れていた。
ユノは?
ユノがいないはずない。
でも、隣はまだ空いていた。座席部分を触ってみたら、クーラーに冷やされて冷たかった。顔を上げても誰もいない。
立ち上がって、部屋を見渡した。
誰も見えなかった。
廊下へ出て、寝室を見て、浴室や、部屋中を見て、玄関に行って、ドアスコープを覗いた。自分を置いて出て行ったことを悔やんでいるユノがそこにいると思った。
けれど、いない。
蛍光灯に照らされた外が見えただけだ。


「ユノ」


振り返って、暗い廊下に向かって名前を呼ぶ。


「ユノ。ユノ」


気が付けば叫んで、ユノを探した。
どこにもいない。
もう一度確かめに来たここで、ちらちらと動く光だけを受けながら、ユノの座っていた場所に腰かけて、ハーフパンツから出た自分の脚を眺める。あんな神がかり的なことがあったんだから、そういうこともできるかもしれないと思った。
俺が今、ユノと同じ事になれば、会えるかもしれない。
だって酷い。これだと余りにも酷い。
うな垂れたまま、身体に力が入らなくなって、滑り落ちた。ソファーにもたれて床に座り込んだ。涙は出ていたけれどこぼれなかった。呆然と、今ユノがいれば、俺はその足元にもたれているんだと思った。コマーシャルに変わったテレビだけが夜の部屋を盛り上げていた。けれど気にせずに、頭の中では、そんな方法を、はじめて模索していた。ここは五階で、例えば、あのベランダから落ちても最悪な形で助かる確率がある。そうしたら一か八かなんてやり方は排除だ。一番確実なのはきっと……
俺は腿に置いていた、重く感じた片手を上げて、首元を揉むようにさすった。
誰にも迷惑がかからない場所で、それが良い。そうしたらユノに会える?いや、そんな場所を探すのも面倒だな。体勢を変えず、後ろの台所のものを頭で選んだ。鈍く光る切っ先を考えて、それでも場所が、と思い直した。
いや、それよりも、それで本当に会えるのか?


――いや、それよりも、俺はそんなこと出来ないだろ。


涙がこぼれた。


俺には出来ない。会うことが不可能だとは言えない、限りない可能性をこの目で見てきたのに。なのに、ユノが俺への足枷に置いて行った約束が無くても俺には出来ないんだ、ユノ。


「ユノ、戻ってよ。そんなのないだろ」


耐えるしか道がないなんて信じられない。この喪失感を味わわせると分かって躊躇っていたなら、その通りの結果になっている。
自然と出ていた涙に嗚咽が加わっていく。
うう、と歯を食いしばりながら、運命のような相手が消えた空間に押しつぶされるのを堪えようとして、出来ずにその場に寝転がった。
確かに躊躇ったユノが正しかったのかもしれない。でも、俺に言った時から悲劇は始まっている。


何で、言った?


それが自分達に与えられた唯一の救いだったって分かっている。だけど責めてしまう。辛くて責めてしまう。両手で涙を覆う。ひたすらこの時が過ぎるのを待つ。無感情な光だけが俺と暗い部屋を照らし続けている。
そうだよな、ユノのせいなんかじゃない。


それに、……言わずには、いられなかったんだ。


「ユノ」


指の隙間からどんどん染み出た。
あの頃から必死に守って来たのに、恋心を伝えずには、いられなかったんだ。相手に言わずには、自らを葬ることが出来なかったんだ。
そのぐらいの想いだったんだ。


「う……」


でも、俺もなんだよ、ユノ。それなのに、置いていった。
掌の真っ暗がりに、姿を追い求めて、でも正確には映しだせずに消えて行く。もうどこにもいない。
いや……
俺は、寝転んだまま両手を口元に下げた。
まだ彼がいる場所がある。
ほの白い光を浴びながら、俺は亡霊のように起き上がった。
ぼけた空中を、縋るみたいにして見つめた。
この世にいるじゃないか。
そこへ行くのが全く意味がないなんてもう言えない。残された俺の救いは、そう言いきれなくなったことだけだ。






たん……たん……



心を決めたにも関わらず、背筋に何かが走って男は身を震わせた。普段は沈めている、自らは見ようとはしない範疇の意識内では分かっていた。彼女だと認識しても、すぐに追いかけることが出来なかったのは、その心の底に、怖さがはりついていたのも事実なのだ。


たん……たん……


また夜が来ていた。


たん……


妻が、ドアを、叩いている。


唾を飲み込んだ男を取り巻くようにして、襲って来た、臭気。

ぐるぐると目玉を動かしながら、男はもう思考することをやめた。汗は脂汗に変わっていたけれど、赤や黄色の女の衣類が回る視界に興奮剤になって踊って、それに押されるようにして、走った。
回ったそれには仏壇に置かれた生前の妻の、日差しの下ではにかむ、物言いたげな笑顔も混ざっていた。
男はぬめる手で掴んだノブを、闇雲に回転させ、引いた。






担当者から来た返事を確認してから、閉じた。
ユノの読みは外れていない。俺はここまで来ても仕事を投げ出すことはしなかった。ただし、これからは分からない。今日も外での打ち合わせだったけれど、あそこから出ないつもりだったから、変更して貰っていた。閉じたノートパソコンから視線を窓の外に移した。
夜が明ける。始発の新幹線の中だった。ユノのいる場所に行く。その近くに身を置くだけで今は無に等しい安心と幸福が底上げされる。会えるだろう。たとえ動かなくても、話せなくても、それがただの小さな白い骨でも。
それに、あんな神がかりがあったんだから、もう何が起きるかは分からない。待つだけで良い。そんな人生を送る男がいたっていいだろう。
でもこの仕事は続けて行こう。それが約束だ。


連絡先も分からなくなっていたから、先ずユノの実家に向かった。もし住所まで変わっていたら、同級生全員に聞きまわるつもりだったけれど、その必要はなかった。



自分が何度も開けた玄関の前に、俺は佇んだ。












つづく

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