夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「密葬 最終回」ユノ×チャンミンの短編


そして、出て来た彼の母親の言葉に、泣いた。


「目が覚めたのよ」


言葉の主も涙を浮かべていた。
ユノは病院にいた。
彼女は家事をしてから再び行くと言うということで、病院にはユノの父親がいた。
夏の前に、意識不明になった体が二か月の時を経て目を覚ました。
ここ一週間は特に状態が良くて、手足が反応することもあったから、と三階の病室の入口で父親に説明を受けた。
俺はこれこそ幻覚でも見ているのかと思った。


泣きじゃくっていた俺に微笑んで、「わざわざありがとう。じゃあ行こう」とユノの父親に肩を抱かれて病室の中に入った。


そこには、昨日まで目の前にいた顔の、ユノが横たわっていた。
自分はどこかでこの人間を追って命を絶ってしまったんだろうか。だから最後に、こんな画を見ているんだろうか、と思った。
肉体はそのままに見えたけれど、傷跡の残る頭は髪が刈られて短かった。
ユノはまだ起き上がれはしないけれど目を開けていて、俺が来たと聞いてからずっと驚いた表情で何も喋らなかった。
だけど、俺がうわずった声で「ユノ」と呼ぶと、ほんのり笑った。
それから彼は、



「……元気?」



と、俺に聞いた。
ユノより大きな目を拡げて、ぎこちなく笑う昔の親友を見下ろしていた。
外は蝉の鳴いている声が微かに聞こえて、汗を垂らすくらい気温が高くなっているけれど、一人部屋のここにはきっちり開かれた白いカーテンが関係ないような、落ち着いた日の光が入り込むだけで心地よい涼しさで完備されている。切り離された空間に感じた。


もしかすると、この一週間は、偶然が重なり続けただけの俺の幻想だったのだろうか、という結論が浮かんだ。


だって、証拠は何も残っていなかった。


時が止まったように、その顔を眺めた。
綺麗な瞳はそのままだけれど、出会った時とはやはり違う。
端正さが増した、大人になったユノの顔。
それを自分が知っていることが、後押ししたんじゃない。


俺も同じだから。


何も残さずに、全てを墓場まで持って行くことなんて、誰にも出来ない。


けれど、想い全部を残して逝くことだって誰にも出来ない。何を想っていたか、確実に知るすべなんて、置いて行かれた人間にだってない。どんな生物も誰にも言えなかった何かを持って息絶えて行く。
俺も、あのユノと同じだから。最後にきっと、愛しい人に、「これを言いたかった」と思うんだ。目の前のユノが違う人間だとしても、これが別れになったとしても、今なら相手に、残すことが出来る。


「すいません、話したいことがあるんです」


そして、これはそのほんの一歩。


二人きりになった病室で、綺麗な黒い瞳が、見上げている。


今日は俺からだ。



「ユノが、ずっと……好きでした」



こちらの告白に、変わらない目に浮かんでくる。



「夢かと、思ってたんだ」



彼の言葉と一緒に伝った涙に指を差し出す。


温かい頬に辿りついた俺の手は、



その小さな顔を、




――通り抜けなかった。







外気が入った途端、胃袋が収縮して、男はうめき声を一つ立てる。
黒い夜空の満月を背に、俯いた長い髪の女の後頭部が見えた。
悪臭に息が出来ず、充血した目を見開いたまま、響く鼓動に身を任せるしか出来ない。昼間の熱がそのまま放置されている外の気配でも、血液が抜き取られたような手足の冷たさを男は覚えていた。
白い死に装束は、汚れていた。
灰色の体液と、柔らかい土の色が合わさった染みがその背中一面を浸している。
後ろ髪の隙間に覗くうなじから眺め下ろすと、裸足の足が踏みしめている土間の周りを、自生していた濃いピンクの島の花が、この現実とかけはなれた美しさで咲いている。
女が顔を上げた。
あ、とか細い声を男の喉が出した。
土気色のなめし皮のようになった肌が膨らんで、それを空けている穴一つ一つを、蛆が囲んで埋まっている。溶けそうな目玉は濁って瞳が曖昧になっていた。
女の頬が腫れている。
それがなぜかは、男はすぐに分かった。色のなくなった唇がひらいて、女が口を開けた。その中に詰まっていた巨大な団子状になった蛆虫の塊が、それ自身でまとまるように蠢きながら音もなくこぼれ落ちた。


「ああっ」


男はがくんと後ろに倒れ込んで、玄関先で尻もちをついた。男の脚で引っ掛かったドアは閉まることなく、仁王立ちしている女をその前にさらけだしている。良く見ると穴の中だけではない、その体中に屈伸する幼虫ははびこって、そのせいで女は動いていなくても、微震して見えた。
唇の周りに落とし切れなかった残りをつけたまま、女は男を見下ろしていた。かろうじて形を留めているような目と男は見つめ合っていた。けれど、息を呑んでいる男を置いて、女はのろりと背を向けた。元来た道に、その体をなするようにして歩いて行く。
暫く呆然としていた男は、正気と共に決意が蘇って慌てて腰を上げた。


月の浮かぶ砂利道を、山を目指して、斜め前に傾いた体が進んでいた。


「お、おい」

男は前途を塞ごうと、その前に身を乗り出した。
立ち止まった妻が男の顔を見た。

う、と嘔吐きそうになって抑えながら、男は呼吸を整える。
ゆっくりと、またその唇が開いた。

夏の夜を吸い込んでいくような空洞から、今度は小型の、まだ奥に潜んでいた柔らかい絡まりが蠢きながら、落ちた。
男は沸騰しそうな脳の元で、その様子を見守る。
すると、その空洞から空気が漏れたのが分かった。それから、わずかに残存していた声帯を女が震わせたのを感じた。
その声はとても小さかった。
静かな熱帯夜に、囁かれた。
男は聞いた。


「……仕事を……早くして下さい……」


それがあまりにも不明瞭だったのと、予想をしていなかったもので、耳を疑った男を置いて、再び、妻は進み始めた。
月明かりの下で、汚れた着物の背を追って、男は訳が分からないまま、気が狂うかと思った。山に差し掛かっても、ぜんまいで巻かれたみたいに、遅いが女は歩みを止めない。砂利道に、女の痕跡がついていく。男は「待ってくれ、待ってくれ」と周りを回った。
もうなりふり構わず、液体の染みる腕を強く掴んだ。


「おい、一緒に暮らそう。全部用意したから。二人でやり直せる」


男が言うと、再び、女の顔が上がった。
切羽詰まった男の顔を、黄ばんだ目玉が少しだけ見据えた。
それから、心底疲れたように、



「馬鹿ねえ……」



と、呟いた。
瞬かせた男の、力が緩んだ手をすり抜けて、行く。
けれど、足を止めたまま首だけ回して目で追った男から、二、三歩、歩んだところでかすかに何かの砕ける音と共に、いびつに女が曲がった。

畳むようにして、
限界を迎えた体が、闇夜に崩れ落ちていく。

「ああ」


男は、息を吐き出しただけの声を漏らした。
ああ、ああ、と繰り返している男の足元で、体内から抜け出た臓物にまみれながら、細い手足が数秒、微動して、それで止まった。


ただの物体になった鼻先が、風に揺れる山の息吹だけが聞こえる細道を、指している。



あとには、物言わぬ蟲だけが、




その場所へと、匍匐して行く














『密葬』終わり

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