「平社員シム・チャンミンの事件簿 (白亜紀編)前編」(開設一年記念)ユノ×チャンミンの短編 ミノ ソンミン テミン キュヒョン ドンへ
*問題があるお話なので、「何でも許してあげていい」思われる方のみ宜しければご覧ください。「平社員シム・チャンミンの事件簿」の続編です。
僕たちの仕事はWEBだ。
勤務時間なんて関係ない。午前様もしょっちゅうで、最近は珍しく大きなプロジェクトを全員で手掛けているから、忙しさもひとしおだ。
会社は山の中にあって、最寄りの駅から出ている専用バスか、自家用車で全員が通勤している。
そのせいで僕たちは半年前、凄惨な事件を経験した。
同じ部署の一人が、恐ろしい殺人犯の手にかけられてしまったのだ。
まだあの事件は僕たちに大きな影を落としている。
……かもしれない。
まあみんな考えないようにしている。でもそれがこの部署に新しいメンバーが入ったもんだから、忘れたくても忘れられないと言うのもある。
とりあえず、部署のメンバーを紹介しておきたい。
まず、部長のチョン・ユノさん。
彼は、あの事件からことあるごとに、僕を飲みに誘っては、なぜか酔わせようとしてくる要注意人物だ。でも、向こうが先に潰れるから問題ない。30の若さで部長になった、できる男ナンバー1だ。
それから、平社員のチェ・ミノ。
僕の方がイケメンなのに、会社1のモテ男と名高い。僕と仲が良い。気にしていた生え際の後退が少し進んだ。
それから、同じく平社員のイ・テミン。
部署のアイドル的存在だ。男だけど線が細くて、色が白い。お茶くみを良くしてくれる、可愛い奴だ。最近は仕事も活躍している。
ソンミンさんは、メンバー唯一の既婚者。
部長と同じ年だけど、ソンミンさんの方が童顔だ。最近ダイエットを頑張っているのは、誰のためだか。僕は、ソンミンさんとテミンの関係を怪しんでいる。
でも仕事に対する姿勢は実直そのもの。
そして、僕、シム・チャンミン。
メンバー1のイケメン。モテっぷりはミノに負けるし、仕事もなぜかテミンに抜かされたけれど、作業は早いし優秀なはずなんだ。だけど肝心なところで詰めが甘いと部長にいつも言われる。今の課題だ。
では、もう一人、新しいメンバーのことも一応。
今ど真ん中に座っているスイマ・ユメロウ。
彼はいなくなったメンバーの従妹にあたる新入社員だ。外見も何もかもそっくり。いわゆるオタク。でもユメロウの好きな物はフィギュアの女の子ではなく恐竜だ。
まあ、やっぱりあまり彼にはみんな触れないようにしている。
そんな僕たちで、今日も深夜まで残業だった。
「やっぱり、キュヒョンさんのカレーは美味しいです!」
テミンが言う。
「おほほ。これね、隠し味いれてるの。分かる?」
キュヒョンさんは食堂の名物おばちゃんだ。金髪の優しいおばちゃんだけど、身長は180近くある。実はこの人、男じゃないかと僕は疑っている。
半年前、凶悪犯を捕まえたのは彼女だ。
「え、分からないです!なんですか!」
テミンが目を輝かせている。無邪気なやつだ。
「ごま油よ。ごま油。これが良く効くの!おほほ」
なんてものをカレーにいれてるんだ。
まあ、それはいい。
新作メニューのために、今日も深夜まで残っていたキュヒョンさんのおかげで、僕たちはこんな時間にも温かい夜食を頂くことが出来ている。
「先輩。ユメロウのあれなんですかね?」
ミノが隣で、ジャージャー麺を食いながら話しかけてきた。
カルボナーラを食べている部長も、ビビンバを食べているソンミンさんも、どうやら気になっているらしい。
ちなみに僕が食べているのは、スーパーミラクル激辛おでん。キュヒョンさんの最初のアイデアメニューだけど、食べる人間はこの会社で僕しかいない。
ユメロウはかつ丼をスプーンで食べながら、大きな石を見ている。
なんだあれは。
「ユ、ユメロウ……それなんだ?」
部長がたまらずと言った感じで聞いた。
ユメロウは、脂でべたべたな眼鏡をかけ直しながら、口にいれたまま喋っている。
「こ、これはですねえ。僕ユメロウはこの前恐竜展に行きましてねえ、購入した太古の化石なんですねえ、グフ。結構なお値段で、誰も見向きもしませんでしたけどねえ。僕ユメロウには安く感じましたよ。この価値は一般人には分からないのかなあ。グフウ」
ユメロウは鼻息を荒くしている。
「……いくらくらいなんだ?」
部長が訝し気に聞いた。
ユメロウが脂ぎった頬をかきながら、グフと値段を答えた。
テミンがカレーを噴き出した。
ソンミンさんもビビンバを噴き出した。
僕とミノはむせた。
部長は、唖然としながら、「そうか」と呟いてカルボナーラをまた口に運んだ。
「じゃあ、家一軒買えるじゃないの!この人頭おかしいわ!おほほ」
キュヒョンさんは素直だ。
「いやいや。この化石はですねえ、グフウ。翼の生えたプテラノドンのなんで、大型恐竜好きの僕ユメロウとしてはあまり好みではありませんが、有名な噂があるんですねえ、グフフ」
僕たちは、また食べ始めていた手をちょっと止めた。
「どんな噂があるんだ?」
ソンミンさんが聞いた。
今日は停電中じゃないから、電気で食堂も明るい。
「グフフ。それが、真夜中のある時間にですよ?この石の周りを8人の男で取り囲むんです。するとですねえ。なんとこの石の恐竜に会うことが出来るとか、グフウ」
そのエピソードが面白かったのか、みんなの顔がゆるんで、「まあ、そういう夢を追うのもいいかもな」と言う中、
「だめ!」
と、カレーの皿をぎゅっと握ったテミンの言葉に、みんな彼に向いた。
「恐竜なんて出てきたらみんな食われちゃうよ!そんな怖い石、ユメロウ持たない方が良いよ!」
テミンは今にも泣きそうだ。
「テミン……」
ソンミンさんが、可愛い奴だというような眼差しを向けている。
彼等のことを聞くのは野暮だが、ソンミンさんの家庭は一体どうなっているのか……
「大丈夫だよ。ここには7人しかいないし、キュヒョンさんは女性だよ」
ソンミンさんは言いながら、隣のテミンの頭を撫でている。けれど、僕には一部内容に疑問が残っている。
「そうだよ、テミン。心配すんな」
ミノもジャージャー麺を啜りながら笑っている。
「いや、僕ユメロウはどんな形でもいいから本物が見たいですねえ、グフ」
ユメロウがグフグフしている、そこに、
「お疲れ様です!みなさま、いいですね、夜食ですか?」
と、警備員のドンへさんが入って来た。
そうしたら、ザザーン、と波の音が聞こえて、
海辺にいた。
「は?」
僕は海を見ながら、スーパーミラクル激辛おでんの皿を持ったまま、声を上げた。
振り返ると、山のある原始的な風景が拡がっている。
隣で、ジャージャー麺を持ったミノが、あは、と渇いた笑いをした。
部長もカルボナーラの皿を持ったまま、呆然としている。
ソンミンさんも目を見開いているし、テミンはぶるぶると震えている。
「あらあらあら」
向こうの山を見上げているキュヒョンさんの呑気な声が聞こえた。警備員のドンへさんも見上げながら口を開けている。
山の前を、巨大な動物が林の間から、顔を覗かせながら、横切って行った。
「白亜紀……」
みんな石を持ったユメロウに向いた。
「これは恐竜のいた白亜紀ですよお!」
グフウ!と、眼鏡を摘まんでユメロウが叫んだ瞬間、ばさあっと大きな裸の鳥が上からその体を足で掴んで飛び去った。
「わあ」と、声を上げたユメロウが小さくなっていく
「ユメロウーーっ」
みんな呼び掛けるが、翼の生えた良く見れば恐竜と、掴まれた彼は山の中に消えた。
唖然と僕たちは見ていた。
「プテラノドンだ……」
ミノに全員向いた。
プテラノドンだよ、と繰り返したミノに、テミンが「そんな……」と泣き始めた。
くそっ、と呟きながら部長がカルボナーラを持ったまま、首を横に振った。
「皆さん!」
僕は言った!
みんなが僕を見た。
多分あれしかない!
「あの石です!ユメロウが持っていたあれを取り返さないと僕たちは帰れない!」
彼が必死に握りしめていたものを僕は記憶している!
「そうだ、それだよ!」
ミノも頷いた。
どうやらここは、昼間の今でも気温は蒸し暑いくらいですんでいる。それだけは良かった。
あれを取り返しに行くのが、この事件の解決策に違いない!
「そ、そんな……あの恐竜見たでしょう!こんなところで動いたらみんな死にます!」
スーツ姿のテミンが涙をこぼしながら、青ざめている。
「いや、チャンミンの言う通りだ。あれを取り返すしか今はない。それにユメロウも助けに行ってやらないと」
部長がネクタイを弛めた。
「大丈夫だ。行くのは俺とあと一人にしよう。そうだな、チャンミンがいい。チャンミンじゃないとだめだ。俺と二人で行くんだ」
部長が頷きながら、ワイシャツの一番上のボタンを一つ開けている。
え、ちょっと待って。なんかそれ別の思惑入ってない?
「うん。俺とチャンミンはどんなに狭い場所でも体を寄せ合って離れずにいるのがいいだろう。チャンミンももっと脱いで、軽装になって」
「ま、待って下さい!僕たち二人なんていろんな意味で危険すぎます!あと二人は必要ですよ!」
僕の貞操が何か危険を訴えている!
「そうです、部長。二人きりは無謀だ。俺も行きます」
ソンミンさんもネクタイを弛めた。テミンに向かって大丈夫だと言う風に微笑んでいる。さすがソンミンさんだ。
むしろ僕は行きたくない。
「俺も行きます。その代わり給料は上げて下さい」
ミノもネクタイをとった。
「それは俺に言っても無理だ」
部長が苦笑している。
「そんな……みんな。プテラノドンにさらわれたユメロウを取り返しにいくなんて……」
テミンがさめざめと泣いている。
それから、「僕も行きます」と、言ったテミンの肩に手を置いて、キュヒョンさんも微笑んだ。
「私も行くわ。こういう時は、みんなで行くの」
「そうですね、そうしましょう」
ドンへさんも警備員の帽子をかぶり直した。
よし、と言った部長にみんな目を向ける。
「とりあえず、これを食べ終わろう」
部長はそう続けて、神妙な顔でカルボナーラを見た。
そうですね、確かに、と口々に言いながら、みんなその場に座って、とりあえず持っていた皿の残りを食べた。
キュヒョンさんがやかんのお茶を持っていてくれて良かった。
つづく