「X'mas compleX」チャンミン×イェソン(クリスマス企画短編)
もっと背が高かったら……
もっと脚が長かったら……
もっと手が大きかったら……
もっと誰もが納得のイケメンに生まれてたら……
携帯電話の画面を俺は見つめた。
いけてる。
今日の服も合ってるし、痩せた顔も悪くない。
鏡に向かってもう一枚撮る。
格好良いよな。俺、やっぱり格好良いよな。
画面の自分は、大丈夫に見える。
メンバーの中では良くない顔と言われて、俺も周りを見て自分をそう思っていた。
でも努力をした。
色んな努力の成果と、今は元からその素質もあったんじゃないかとも思ってる。
悪くないよな?
悪くないよな?
食事の制限はメンバーの誰よりしてるし、肌も綺麗だ。目は細いけど、それにあった小さくても形の良い鼻も、細い唇も、全体的におさまってる。整ってる。
でも俺のこれは、多分人一倍だと言う自覚がある。
この酷い――コンプレックス。
プラスチックのおもちゃのような感じが気に入っている腕時計の時刻を見ると、やばかった。
他のメンバーとのスケジュールの兼ね合いで、自分の打ち合わせ時間が一番後になった。自分達のアイドルグループは大所帯だけど、その中から選出された三人組のグループの一人になっている。それは歌唱力で選ばれた三人だけど、ライブではソロ曲も歌うことになっていた。
あとの二人が今大忙しで、余裕のあった俺がこの時間になったのだけれど、今日は実は夜に約束があった。
ダメそうだな。
溜息を吐いて、持っていた携帯電話の画面に打ち込んだ。
前から可愛いと思っていた女の子とドライブの予定だった。その子もアイドルだし、疲れている身を拘束するのも可哀想だから。
ごめんなさい、と送ってまた鏡を見た。
それから俺はこの子に合うのだろうか、と考えた。可愛い異性を考えると、その容貌に強く惹かれながら複雑な気持ちになる。
俺のこと格好良いと思ってる?
俺は男の中では極端に手が小さくて、身長も低い方だ。努力で今はデビューしたての頃よりもずっと見せ方も知っている。でも周りの女の子は可愛がられるのが当たり前な、外見も良い子ばかりで、恋愛関係に今まで何度もなったけど、その度にこの何とも言えない気持ちに巻き込まれる。
俺もそれに見合ってる?そんなに見た目が良くていいね。
いつになれば、どうすればこれを克服できるのだろう。
やっとマネージャーに呼ばれて、会議室に向かった。
遠目からも、廊下の奥でベンチに座っている人間が誰かすぐ分かった。
その人間が顔を上げて、黒いジーンズに包まれた組んでいた長い脚を解いて立ち上がった。
「ヒョン。仕事?」
俺は近づいて、その前に立つ。
俺を見下ろす、モデルのように背が高い、女のような大きく澄んだ目をした酷く整った顔の男の前に。会えばお互い好きな漫画や映画の話題で良く話すけど、最近ライブが重なって一カ月以上会っていなかった。
「おー。チャンミンは?」
化粧もせずに、肌も綺麗な生まれつきの男前。いつも見ると同じことを思う。
「俺も仕事です。バラエティの……」
「ああ、見たよ。面白かった」
「あ、本当?良かった。次の収録分の台本貰いに来たんです」
「そっか。頑張れよ」
「はい。ヒョンも」
「ヒョン」と言うのは「兄さん」の意味。意識の高さだけは、年相応にしっかりと持たないとなと思った。
会議は順調に終わって、キャンセルにしたのは気が早かったかと思ったけれど、もうそう言う気分でもなくなっていた。
マネージャーに次のスケジュールの詳細を聞いて、仕事は終わった。
ダウンジャケットのフードを被らないと外は寒いかなと、廊下を歩いていたら、声をかけられた。
「ヒョン!」
チャンミンだった。
「終わりも一緒でしたね」
ダッフルコート姿で、大きな口が笑った。目が細まるのを見て、俺は通常であの細さだなと思った。
「お前も帰り?」
「はい。一緒なら飯でも」
「ああ、いいね」
俺のグループで、チャンミンと一番仲が良いキュヒョンも呼ぶかと思ったけど、あいつは仕事だから、俺がこの時間に打ち合わせになったわけで。
他のメンバーも交えてなら良くあるけど、二人はなかなかなかった。でもそうなりそうだ。
「ヒョン。行きたい店があったら、そこで待ち合わせしましょう。送ってもらいますよ」
「あ。俺、今日車。俺の車乗っていく?」
「お、いいですか?」
「そうだな。酒は?」
「ああ。飲むなら運転……」
「じゃあ、俺のうち来るか?帰りタクシーになるけど」
「本当に?ヒョンの家なんて俺はじめてですね?」
「来いよ。お前が好きなの出前でもして食えばいいから」
俺は普段、夜食べないけど、今日はデートの予定だったから、昼を抜いていた。さすがに何か食わないと筋肉が落ちすぎる。
「ヒョンの車、可愛いですね」
「そうか」
丸い感じが自分でも気に入っていた。
「似合いますよ」
「……そうか」
似合うと言う言葉は俺には禁句だった。今でもこの車のラインが男らしくないからか、どこが似合うのか、それは良い意味か、なんて考えてしまう。もう本当に何とならないだろうか。
でも自分の車に、チャンミンがいるのは不思議だった。大分鍛えているからか筋肉質だけれど、モデルのような美男子は、確かに自分の車には似合わない気がした。
町はすっかりクリスマスムードで、俺はそれから「クリスマスだな」と何度も同じセリフを吐いて、その度にチャンミンはクリスマスをテーマに色々と喋っていた。
「犬いるから」
部屋に入ると、チャンミンは迎えに出て来た犬を、屈んで触った。「コミン。コミン」と抱き上げて頭にキスをしていた。俺の犬は、チャンミンと一緒にいると、小型犬が更に小さくなったように見えた。
出前のチラシを見せて、チャンミンが言うものを全部取った。
「まじで食うな」
「もう食べないんですか?」
チキンにかぶりつきながら言われる。練習生の頃から良く食べるのは知ってるけれど、見るたびに驚かされる。いつ買ったか分からない缶ビールを手渡した。
「俺は、もういいよ」
「ヒョン痩せ過ぎちゃいますよ」
「太るよりいいよ」
ダイニングテーブルに向かい合わせで座って、食いながらも気を使って沢山喋るチャンミンを見ながら、ふと笑った。
そう言えばメンバーでもこの部屋に上げたことがないのを思い出した。他のメンバーを残して、宿舎を出たのは大分前だった。
「一人暮らし良いですよね」
「うん。楽だよ」
自分はメンバーの中でも年上で、気を張らないといけないことも沢山あった。チャンミンはすぐに次のビールを飲んでいる。自分もグラスに入れたけれど、あまり進まなかった。
ビールは今出しているので終わりだ。チャンミンも一人暮らし組だった。
「……ワインもあるぞ」
「飲みます!」
食べて暑くなったのか、ハイネックのニットの袖を上げている。首が長いんだなと思った。焦げ茶色の髪は癖があるのを知っているけれど、今はストレートに整えられていた。大きな手でグラスを掴んで飲み干している。
「いいな……」
グラス越しにチャンミンの目がこちらに向いた。「いや、何でもない」と席を立って、キッチンに入った。
全然暑くはなかったけれど、何となく自分も長袖のTシャツをの袖を上げた。ダメージジーンズの自分の脚が目に入って、さっきの長い脚が何となく浮かんでまた「いいな」と思ってしまった。
「持って行きます」
いつの間にか後ろにチャンミンがいた。
「いや、いいよ」
近くに立たれると巨人みたいだった。ワインのボトルを一応選べるように二本持って行った。
「ソファーで飲もうか」
さっきからチャンミンが見たいと言った自分達のライブ映像をテレビで流している。
「ヒョンの部屋って、もっとアメコミみたいな感じかと思いました」
自分の膝に肱をついて前のめりになったチャンミンがグラスをとる。
「そうか?」
ラグにあぐらをかくと、犬が隣でふせて寝そべった。チャンミンがそれを横目で見た。俺の部屋はシンプルだった。
「俺の部屋にちょっと似てます」
チャンミンが飲みながら言う。
それを見上げて、「そう……」と呟いた。
こいつと俺の部屋が似てると思うと、何となく複雑な気持ちになった。アメコミみたいな方が良いだろうかと思った。俺もグラスのワインを飲んだ。
チャンミンを見ながら飲んでいると、俺は知らず知らず、やけ酒に切り替わったようで、飲み過ぎた。
「そんな長い脚いいな」
気付けば、そんなことを呟いていた。チャンミンが自分を見て笑っているのが分かった。
「何笑ってんだよ」
「いえ。ヒョン飲みすぎましたね。水持って来ます」
チャンミンに水のグラスを出される。その手が目に入った。
「いいな」
目の前に屈んだチャンミンが黙って、自分の手を取ってグラスを握らせた。
「飲んで下さい」
大きな二重の目が、心配したように俺を見ている。
「俺も、そうなりたい」
たちが悪かった。
俺は完全に絡み酒になっていた。
苦笑するチャンミン相手に、俺はぶつぶつと愚痴を言いながら、それからも少量飲んで、潰れていた。
「整ってる顔、いいな」
「ヒョンも十分、整ってるでしょう」
「格好良い……」
「ヒョンも格好良いでしょう」
恐らく帰ろうとしたチャンミンを引き止め、二人でベッドに寝転がりながらも俺はそんなことを言っていた。
朝になって起きた。横でニットを脱いでタンクトップになったチャンミンがすうすう寝ているのを見て、目を丸くして青ざめる。
昨日の自分を思い出して自己嫌悪と二日酔いに気分は相当落ち込んだ。うろ覚えだけど、チャンミンは確か昼から仕事だと言っていた。俺は、飲み過ぎた自分のむくみが気になりながら、今日は休みだしそこは大丈夫かと安堵して、それから申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
時間的には大丈夫だけど、その長身を眺めながら、本当に何やってんだと、落ち込む。
あんな絡み酒したのははじめてだった。
「チャンミン、起きろ。送る」
大きな目がうっすら開いて、起き上がった俺を見た。
「ヒョン。今日何か予定あります?」
「ないよ」
昨日キャンセルしたデートが、日付をまたぐかもと思ってあけていた。
「じゃあ、俺、今日の現場こっからの方が近いんで、送るなら直で送って下さい。もう少し寝たいです」
「……分かった。シャワー浴びて来る」
どうぞ、と言ってチャンミンはまた寝た。
それから三時間後。
「じゃあ、償いに夜付き合って下さいよ」
俺の車の中でチャンミンが俺に向いた。シャワーも使わせたから、二人共同じシャンプーの匂いがしている。
「え?飯?」
「はい。夕方には終わるんでマネージャーにヒョンの家送り届けてもらいます」
俺が謝りながら送ってる途中だった。
「……いいけど」
「コミンとメロによろしく。じゃ、あとで」
変な気分だった。チャンミンが昨日の自分を、悪く思っていないというアピールだったかもしれないけれど、一気に距離が縮まったというかまるでメンバーと宿舎で暮らしてるような気持ちになった。
でも普段他人に口にしない余計なことをあんなに言ってしまったのに、あいつが俺と今日の夜も会おうと提案してくれたのは、罪悪感が拭われたのがあるのか、妙にほっとした。
あれは、そこまで覚えてないな。
まあ大したことじゃないと言えばそうだけど。走り去るヒョンの車に踵を返して現場に向かった。
「いいな」
あの人素直なんだな。グループの中では、頼もしい兄的存在なのに。
持病もあって、あの人があまり食べないのは知っている。そのせいでむくみに敏感なことも。本当は外見にも自信があるだろうに、それがそんな事情や、メンバーとの比較で複雑になっているらしい。
男から妬みに近い羨望の眼差しを向けられることは良くあるし、大半の女には性的な対象として見られる。外見も売りなのだから当たり前なのだけれど、私生活でそれは面倒くさいことが殆どで。
だけど、あんな風に身近な同性の人間に何も隠さず直球で言われるのは初めてだった。同じ仕事なら、それぞれプライドがあるし。
酔っぱらい相手に照れることもなく、悪い気にもならなく、ただ、不思議な気分になった。
男にしては小さな手が伸びて、俺を触った。不快になりそうなものなのに、ならなかった。
「大きな手、いいな」
とベッドの中で、子供のように言われながら、触られた。顔にその手が伸びて、
「大きな目、いいな」
と、俺の目蓋を触った。「長い脚、いいな」「長い腕、いいな」とそっと触られていった。艶やかな黒髪と、肌が本当に子供みたいで、自分はそう言われた手で、その頭や肩を撫でたけど、相手は酔って気にしてないようだった。最後は自分の腕の中で寝たけれど、寝ている間に、離れたみたいだった。
この複雑な感情を、何というのか分からなかった。
まあ、とりあえず何だか面白くて、あの人には悪いけど、お互い空いているなら、もう少し一緒にいたいと思った。今度は俺が明日はオフだし。
「イェソン……複雑な人だ」
丁度良い時間に終わって、今日もヒョンの家に行くと、昨日よりも体調を管理するようなメニューがテーブルに置かれていた。ヒョンが良く食べる物らしい。
「お前は好きな物頼んで食べろ」
俺は遠慮なく食べて飲んだ。今日は飲まないかと思ったら、ヒョンも少し飲んだ。
「ヒョン。明日仕事何時からですか?」
「昼。チャンミン、飲めよ」
今日は俺がべろべろに酔った。
「チャンミン、俺の着れる?」
ソファーに良い気分でぐったりしていた俺にTシャツが渡される。
「んー……多分小さいです」
「……そうか」
あ、失敗した。顔を上げると、昨日のようにぼうっとした表情になっている。
Tシャツを持っていた手をゆるく引いて、向かい合わせで座らせると「なんだよ」と笑われた。
「ヒョンは男っぽくて格好いいじゃないですか」
笑っていたのに、またその表情に笑みが消えた。
「……お前は……いいな」
はじまったな。
今日は殆ど飲んでいないのに、普段本当に節制してるんだな。
「ヒョンも良いじゃないですか」
俺も酔った頭で笑う。
俺の顔が触られた。
何も言わずそっそと触られていく。
酔った視界でその顔を見つめた。爬虫類の子供みたいに見える。細い目が黒い。
「……ヒョン。今日も泊めて」
「俺、なんか昨日もお前、触った?」
「思い出してくれて良かったです」
酔いにまかせて、酔った相手に腕を回して軽く抱いた。
足元には、心配そうに犬が座っている。
「そんなことはしませんって」
「なに?」
「いえ」
そんなことってなんなんだか。でも自分でも良く分からない感覚だった。
「俺……格好良いよな?」
「ええ。格好良い。格好良い」
そう応えながら、目の前の艶々とした黒髪に口づけた。
ヒョンが体を離した。
「なんか俺、お前の女みたいだな」
そう言って、笑った。
と、思ったら「……俺、背低いと思う?」と深刻そうに俺の顔を覗き込まれて、苦笑する。
「かっこいい男ですよ。背も普通です。これはただの愛情表現」
抱き寄せて、頭や額にキスをした。
ヒョンがまた少し背をそらせて、俺を覗き込んだ。
「お前に認められると、なんかすごい落ち着くんだよな」
その素直な言葉と対照に、俺はなんとなく頭がざわめいた。
返答に詰まった。
「あー……そうですか」
引き寄せて抱き締める。
「なあ、チャンミン。クリスマスお前どうすんの?」
何も気にしていない声で胸元で言われる。
頭のざわめきはおさまらない。
複雑な感情が更にこんがらがっていく。
「……仕事ですけど。その後はまだ」
「キュヒョン今忙しいもんな。仕事終わったら、他に空いてる奴呼んでさ、パーティーしようぜ。俺、飲めないけど。キュヒョンも待てばいいだろ?」
「……はい」
それから無邪気に、誰呼ぼうか、と同じ事務所の人間の名前を上げて行かれる。
俺は出来るなら二人でも構わないと言っていいものか悩む。
変な感情が生まれてしまったクリスマス前。
足元で俺を心配そうに見上げている小型犬に、
「さっきのナシで」
と言いかけたのは、腕の中の寝息に中断された。
complex:《複雑な》
『X'mas compleX』END