「ちょこっと」ユノ チャンミン バレンタイン短編
*ミノ子氏が書き上がらず、急遽パラレルをちょこっとご用意いたしました。
夜中の駐車場で、ここと言う風に車内の灯りがついた大きな黒の新車に、はあっと出した息を曇らせながら走った。
滑り込むようにして中に入る。
車内には、ハンドルを抱え込むようにして上体を持たれている後輩がいる。
バイト先で知り合ったこいつとはまあまあ仲が良く、珍しく自分より大きな図体で、顔はびっくりするほど、整っている。大きな目がでかい体に似合わず少しフェミニンで、そこも何となくこの男の珍しさを際立たせた。
暖房が効いた車内で、後部座席に見えるダウンジャケットを脱いだ姿は、襟元を開けた黒っぽいデニム生地のシャツを着ていた。袖を捲った硬そうな腕がハンドルに引っかかっている。
「お疲れ様です」
こちらも見ずに呟かれた。
「……どうも」
走って乱れた前髪を頭を振って整える。茶色く染めたストレートの自分の短髪はすぐにはらはらと元に戻った。
「で?」
と言われながら、俺は明るい色のダウンジャケットのままシートベルトを締めた。
「いや、どっか行くんじゃないの?」
言いつつ、ちらりとフロントミラーに目をやる。でも相手の顔は角度で見えなかった。最初はバイト後に飯を食いに行くくらいの仲で、それから休日にも、家でゲームをしたり映画を見に行ったり遊ぶようになって、相手が職を変えて、どっか大きな会社の正社員になってしまった後も、その交流は続いている。
けど、最近は、こんな感じだった。
パーマのかかった黒髪に視線を移動させた。斜め後ろから見ても、相手がフロントガラスの外に向けた顔は、こちらを伺うように、冷たいのが分かる。
俺はそっと息を吐いて、自分も窓に顔を向けた。
時々、駐車場に面した道路を走る車の音が聞こえるだけで、ほぼ静寂だった。オレンジの室内灯はついたままだ。
「……行こう。チャンミン」
でも、俺がこう言うと、観念したようにエンジンをかけるだろうと思っていた。最近はそんな感じで。
沈黙が流れて、隣はそのままハンドルにもたれかかっていた。鼓動が、自分から聞こえてきた。
「チャンミン」
それを俺が破るのに合わせたように、相手の声が被さった。
「今日なんの日でしたっけ?」
冷ややかに呟かれて、こちらを向かれた。目が合うと、胸が締まった。
「何の日、でしたっけ?」
繰り返す整った顔は、ぎらぎらとした目がその口調に反して、直情的に見える。
怪訝に眺めた。
「バレンタイン……だろ?」
出た声が緊張した。大の大人が、しかも自分だってでかい図体の、そんなのが、相手より小さいからと言って、顔全体にとどまらず全身を強張らせるなんて。
また長い唇が開く。
「くれないんですか?」
今日はもうダメみたいだ。
「何を?」
「チョコ」
長い前髪が額で綺麗に分かれていた。でもその目は隠してほしい。
「男同士だろ」
そう言った俺の首の後ろを捕まえられて、一瞬でその顔の前に引き寄せられた。
「じゃあ、キスで」
射抜かれそうな眼差しが、至近距離で見た。
俺は黙って、睨みつけた。
品定めするように、こちらを見つめて、乱暴に手を放された。
筋が違えるかと思った。息をつきながら首を撫でる。
隣がキーを回す。エンジンがかかる。
「お前はないわけ?」
俺の言葉と同時に、またキーが回されて、エンジン音が消えた。
ハンドルに顔を向けたまま、でもそれを見ているのか分からない態度で、俺の続きを待っている。
「チョコ」
まださすって言いながら、正面に顔を向ける。人気のない駐車場が、ついているのかわからない外灯に照らされているだけだ。
「……ありますよ。後ろに」
言われて、手を止めた。また一台の走行音が聞こえる。紛れる様にして、唾を飲み込んだ。
「そっか。ありがと」
暗い外は変わらなかった。
「やっぱりキスしていいですか?」
「電気」
俺が言うのと同時に、袖を捲った硬そうな腕が、素早くフロントのスイッチに伸ばされてから、また首の後ろに来た。
オレンジだった視界はダークになって、何かを思わせる色の中、自分達の舌はしつこく絡んでいた。
『ちょこっと』おしまい