夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「ぼくらが恋した貴方へ 3(南国の恋)」(シンドンの場合)ヒチョル


シンドンは、限りなく白に近い浜辺に曲げた脚を抱え込むようにして、ぽつんと座っていた。色鮮やかな水着を履いた、少し痩せた尻が柔らかい砂に包まれている。
絶え間ない波の音が聞こえていたけれど、彼の耳には届いていなかった。
目蓋の厚い目にもほぼ届いていないのは、それが真夜中だったからだ。
立ち並んだホテルの夜景と道路の街灯で、彼のいる辺りまでは照らされている。
脇に落ちている木の棒を見つめて、それにそっと手を伸ばした時だった。
「まだやってんのかよ」
さくっと砂を踏む音と共に、黄緑のビーチサンダルを履いた足が見えた。
顔を上げると、大きめの赤いアロハシャツを着てハーフパンツを履いているグループのメンバーがいた。
色の薄いストレートの毛が、肩より長いせいで潮風に流れていた。
「あ……」
シンドンはふっくらした頬を上げるようにおちょぼ口を開いた。
射るような鋭い目が自分を見下ろしていた。
大きなつり目は肉食獣を思わせる。しかし、今はそれでも穏やかだ。
昼間の強い日差しにも負けず、その肌は滑らかで白く、綺麗だなとシンドンは思った。
彼は隣に座った。
「なんだこれ」
「あっ」
砂に書いた「LOVE」と言う文字を覗き込まれている。自分達の間にあったそれをシンドンは慌てて手で消した。
「消そうと思ってたんですっ」
頬を真っ赤にして、立てていた自分の膝に顔を伏せた。
「LOVEって……」
隣の人間が呆然と呟いたのも聞こえてないみたいに、シンドンは膝に赤い顔をすりつけている。ふくよかな顔全体がもにょもにょと潰された。
「お前、どうでもいいけど飯食わないの?日が変わるぞ」
「食べらんないですよ!」
食欲なくて、と、まだすりつけながら言った。
「あそう……」
隣の反応が思ったよりも少なく、膝に頬をつけたまま、ちらりと横目に見ると、うんざりとした顔があらぬ方を向いている。
とても整った兄の横顔だった。
兄と言っても、本当の兄弟ではなく、自分の所属しているアイドルグループの年上だ。
シンドンは少しだけ残念に思い、顔を上げながら、正面の暗い海を見つめた。
「兄さんは、こんな恋をしたことがありますか?」
「ない」
「そうなんだ。いいな……」
暗い海を見つめたまま、シンドンはわずかに間を空けてから、続けた。
「俺のこと、絶対アイドルなんて思ってなかったな」
目の前の暗い海に、昼間の光景を思い出していた。
自分達の国では夏のような気温の、強い日差しの中、透き通る青い空に、飛んできた麦わら帽子。
拾うと、浜辺を駆けて来た一人の水着姿の女性。
手渡したシンドンに、「センキュー」と会釈して、海の方に行ってしまった。そこには「ママ―」と呼ぶ笑顔の子供とともに、彼女と同じくらいの年の男性が、両手を伸ばして待っていた。
「あれ旦那さんだったと思いますか?」
「じゃなかったらあいつは誰なんだよ」
あの時丁度一緒にいた隣の人間が、即答した。
「俺のことなんかもう忘れてんだろうな」
その即答を全く気にしていない様子でシンドンは海を見つめながら呟く。
「二度と会わねーしな」
「年上なんて、高校の時以来だ……」
「お前も早く忘れろ、彼女いるだろ」
「別れるつもりです。一度離れた心は戻らないから」
「やめろって、マジで」
同じ座り方をしていた兄は、げんなりと曲げた膝に肘ついて大きな白い手であごを支えて溜息を吐いている。
「……俺なんかタイプじゃなさそう」
「二度と会わねーしな」
念を押すように再び言われたのも聞いておらず、シンドンはぎゅっと厚い目蓋を瞑って、首を振った。
「多分、チャンミンとかがタイプなんだ!」
「なんで俺達の中で言わねーんだよ。なんか失礼だろ」
兄を見た。
「じゃあ、俺達の中でチャンミンは誰ですか?」
「最初から俺達の中で言えって言ってんだろ」
チャンミンとは、ほぼ同期の違うアイドルグループのメンバーだった。
しかし、兄は端正な顔を海に向けたまま「でも」と言うから、シンドンは待って黙った。
波音だけが聞こえている。
少しして。
「シウォンか」
兄が呟く。
「あぁ」
シンドンは頷いた。
「でもチャンミンのファンで、シウォンのことも好きってあんまりぴんと来ねーな」
頬杖ついたまま言われ、
「何でですかね」
膝を抱え直して、兄と同じ方を向きながら応えた。
「シウォンの顏、馬過ぎんだな」
「あぁ」
また頷いた。メンバーの伸びた鼻の下が、シンドンは浮かんだ。
「さ、行くぞ。もう忘れたろ」
兄が立ち上がろうとする。
「忘れてないですよ!そんなに簡単に忘れられないです!
伸びた鼻の下が、また昼間の水着姿の女性に変わった。
センキューと言った明るい笑顔と。
「あのなあ」
苛々と、隣で量感のある唇を兄が開く。
「お前は南の島の雰囲気に飲まれただけなんだよ!」
「違います!そんなんじゃない!」
シンドンは膝の上で組んだ腕に力を入れた。
「彼女は……彼女は……」
苦し気に吐き出す様子を、隣で見守られながら、続ける。
「南の島に舞い降りた……恋の……」
俯けていた顔を夜の海辺で上げて、「神様なんです」と言い終わったシンドンに「あのさ」と隣から声がかかる。
「恋愛の神が、俺たちに恋させるんだろ。神様ビーチで遊んでるだけじゃねーか」
鬱陶し気に言い放たれた。
「神様にそんな言い方やめて下さい!」
シンドンはまた組んだ腕に顔を伏せた。
「だから神じゃねーよ!お前の神様のポジションどうなってんだよ」
それをいうなら天使だろとぶつぶつと呟いたあと、
「仮に、あの人をアロハって名前にしよう。アロハが」
そう言う兄を見る。
「ハイビスカスとかにして下さい。女性だし。あと呼び捨ては嫌です」
「なげーんだよ。アロハちゃんとお前が!またどこかで出会ったとして、それで向こうもお前に恋したとして」
シンドンは兄の夢のような話しに、口をつぐんだ。
「年上で、外国人の、旦那と子供がいるアロハちゃんと、アイドルのお前はどう付き合ってくんだよ?」
ぐっと息を呑んだシンドンを、薄明りでも隠れない鋭い眼差しが見据える。
視線をその赤いシャツの肩口に落として、何も言い返す言葉が見つからずに、シンドンは、「やっぱり、日本人ですかね」と、聞いた。
「完全に日本人だったろ」
「近い……」
「近くても、外国に変わりねーんだよ!文化と言葉が違うだろ」
「でも、兄さんだって日本のアニメもエロ動画も大好きじゃないですか!」
「うるせーなっ!」
シンドンは自分の柔らかい頬に、兄の白い大きな手が伸びて来る動きを、スローモーションみたいに感じた。
引き寄せられて、その整った顔からも近づく。
小さめな自分の口が量感のある唇に塞がれていることに、シンドンは厚い目蓋を見開いた。
「これで忘れたろ」
きめ細かな白い肌が離れて行く。
こちらを見据えている兄と、呆然と見つめ合った。
片端だけ上げたそこから息を吐かれ、
「まだか」
と今度は更に軽く、された。
距離が開くのと同時にあんぐりとシンドンのおちょぼ口も開く。
「よっし、行くぞ。立て」
ばんと、先ほどまで自分の顏を掴んだ大きな手が、背を叩いて、目の前の人間が立ち上がった。
つられて、立った。
にやりと笑って、ホテルの方に頭を一度向けて「行くぞ」と、兄は歩き出す。
まだ呆然としたまま、シンドンも続いた。
「でもお前、飯食わなくていいかもな」
前から少し楽し気に話しかけられる。
「なんで……」
と、シンドンはまだ唇の感触と間近で見た顔が忘れられずに、敬語も忘れて返した。
それに気づいても触れずに、笑いながら兄は歩く。
「このPV全部撮り直しらしい」
「えっ」
シンドンは前を歩く蛍光色のビーチサンダルから、その後ろ頭に顔を向ける。
「スケジュール的にスタジオで撮るって。スポンサーが代わるからコンセプト変えるらしい」
「えぇ」
メンバーの中でふくよかな自分は、節制してこれでも大分絞ったと、まだ肉付きのいい足元を見ながら、脱力する。
「でも、今日は食って飲めよ。お前の失恋祝いしようぜ」
可笑しそうに兄が笑っている。
「まだ決まったわけじゃ」
「決まったんだよ。なんのために俺が身を犠牲にしたんだよ」
振り向いた鋭い眼光に、実はそうだけど、と思いながらもシンドンは心臓をどきりとさせた。
もうさっきの兄しか、思い出せなくなっている。
睨んだ目元を和らげて、「俺が祝ってやるよ」とまた前を向かれた。
そのなびいている後ろ髪を見つめて、シンドンは一瞬だけ明るい笑顔を思い出すことが出来た。
そして、
「恋の……」
と呟いた。
本当にそうかもしれないと思った彼は、前から「はっぴばーすでー」と聞こえて来た
歌に、「何で英語なんですか?」と問う。
「そこじゃねーよ」
肩を震わせているアロハシャツに椰子の木影が映っている。
もう波の音は聞こえない。
ヒチョルを、南の島の天使かもしれないと、シンドンは思った。









『ぼくらが恋した貴方へ 3(南国の恋)』(シンドンの場合)おわり

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