夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「曇天の霹靂」?×イトゥク(SUPERJUNIORカムバック記念)


不穏な空気、と言うよりも大気と言った方が良いだろう。
硝子の向こうは、この気分である。
一歩踏み出して、思わず手を突けそうになり、それが綺麗に拭かれているのを確認したイトゥクは、困った笑みでそっとその手を下にした。
行き場を失った指先を丸め、年甲斐もなくほうけて眺めた。
夏の終わりの曇り空。
休憩中の楽屋だった。楽屋とは言っても、恐らく会議室だろう。高層ビルの中の撮影は、企業のオフィスを使用している。良く許可が下りたと思う。広大なフロアー全体に敷かれた絨毯が新しく、設備も良い。外へ出たメンバーと離れ、マネージャーと細々とした会話をしてから、一人残った。先ほどの収録が、頭の隅に残っていた。上手い冗談が出なかった箇所が何度も再生されて離れてくれない。
年だなと結論付けて、笑って済ませたいのに、それも出来ずにこうして眺めている。
分厚い灰色の空が拡がっている。室内も灰色ばかりで、白に近い金色の自分の髪が、場違いに思わせた。耳にかからない長さの前髪が視界の端で揺れている。年だったらどうすると投げかけている。自分達にはこうしてまだまだ残されているのに。
そんなことはない。まだまだなんて、ない。
やっとのことで全員が兵役を終え、第二のスタートを切った矢先に、リーダーの自分が、そう思いついて、こんな場所に。
少し疲れた、と言うよりも。
逃げ出したくなったのかもしれない。
浮かんだ言葉さえも罪悪感に、すぐにかき消した。目の前にある灰色の雲に吸い込まれていく。そうした張本人の自分は、ほうけて見るだけ。吸い込んで拡がっていく暗雲を見守るしか出来ない。
「兄さん、どこ行くの」
振り向くと、部屋に入ってきた弟がいた。弟と言っても、血は繋がっていない。仕事上の上下関係だ。イトゥクが年上で、相手が年下。
その年下はアイドルらしい、真っすぐに伸びた鼻筋に精悍な顔で、広いテーブルを囲んでいるデスクチェアーの一つに腰かけた。すぐ、後ろだ。
「どこにも行ってないだろ」
イトゥクは、笑った。涙袋の下に皺が寄る。年齢もあるが、これは比較的若いころからだ。綺麗な半円の目蓋は、笑うとはっきりと弧を描いた。
弟は、少し面白そうに窓の外を見ている。夏らしいドット柄の黒い半そでシャツを着て、切りたての黒い短髪は、整髪料のつけた前髪だけ少し額にかかっている。垂れ気味の細い目と、それに合わせた細い唇は、精悍ではあるが、おっとりした子犬のようにも見える。
「そうかな」
と、返して窓の外を見つめている。
上体を曲げて、両膝に肱をつけ、片手は唇を触りながら、気楽にしている。
イトゥクは、着ていた長袖のシャツが、冷やされた室内では丁度良く、相手の半袖が若干肌寒く思えた。想像した寒さと弟の返事で、言葉が浮かばずに、ぼうっとその光景を見つめている。弟は気にしてないように、続けた。
「どこか行きそうだったけど」
イトゥクは、それを聞くと、今度はすぐに言葉が出た。
「そんなわけないだろ」
リーダーの自分がそれをするはずがないという言い訳めいた弁解に、刺された図星がそうさせた。笑うところが、真面目に返してしまい、先ほど上手い冗談が出なかった自分と重なった。口調も少し強くなり、格好の悪さにうんざりする。が、同じ体勢で何も言わない弟に、空気を変える二の句を出すこともしなかった。
半袖から、頑丈そうな腕が出ている。夏の間に少し焼けて、細いのに更に鍛えて見える。こちらも鍛えているが、最近の売り方のせいか、金色の髪と、メイクの質も女性的で、見透かしたような事を口にした弟相手に、イトゥクは少し自分を、ひ弱に感じた。男である自分にそんなことを思いたくもないのに。けれど、穏やかなまま無言の弟に、先程の憂鬱が顔をのぞかせる。
ちょうど良く感じた室温が、ドット柄の半袖に侵されていくような。
曇り空が、一層色を濃くしたからだろうか。一人だったから、電気もつけずにいた。正確にはつけたくなかったからだが、室内は、暗くなり、実際に肌寒さを覚え始めた。くつろいだ様子だけれど、何も言わない弟。はじめて相対するようで、思い返せば、これまでもそんな間をたまに感じさせて来た。その繰り返しだった気もする。まだ、宿舎が一緒だった頃は、こちらのベッドにふざけて潜り込んで甘えて来たこともあったのに。
「ドンへ」
不安な気持ちがその名を呼んだ。細い唇の端が上がった。だが、開かれない。イトゥクは反対に、表情を失っていく。しかし、曇り空に向けられた細いそれは、切なく収縮しているように見えた。輝かしい何を見ているようだった。もしかしたら、ドンへも自分と同じく、布団の中で朝まで戯言を語り合った、アイドルとして一番絶頂期だったあの頃を思い出しているのかもしれない。周りは暗くなる一方にも関わらず。
夏空は光を失い、イトゥクの憂鬱も水に落とした墨のように拡がっていく。栄光は過ぎ去っても、目の前のドンへは、三十路を過ぎた今でも十分に男前で、まだこうして世間にも求められ、息つく暇もない忙しさなのに。けれど、暗雲は垂れこめていく。肌寒い、というよりも心細さにイトゥクは身体を堅くし、少し身構えた。
すると、のんびりとした顔が、やっと口を開いた。
「兄さんは、俺のこと養わないといけないでしょ?」
こちらは見ないが首を傾げておどけている。そう呑気に言われると、イトゥクの瞳に、無邪気に布団に潜り込み、同じ台詞を言いながら抱きついてきた昔の弟が、映った。想像より良く開く口は、漫画で描かれたみたいな形になり、楽しげに笑う。この仕事のせいで、少しずつ変わっていった顔は、そんなに手を加えなくても良かった感もある。若さもあって一層あどけない男前だった。輝かしい当時の姿に、自然とイトゥクも目を細め、身体の力を緩めた。半円の目元は、年齢のせいで更に深く弧を描いた。
「お前の方が金持ちだろ」
と、笑って返した。長い年月の間に、色んなことが起きた。リーダーの自分には、メンバーの経済状態が大まかに掴めている。勿論、己の経済状態も。
顔がほころんだのには、弟がいつもの呑気さを見せ、懐かしい思い出が蘇ったのもあった。気分が和らいだイトゥクに、「そうかな」と、微笑を浮かべてまた口元を触っている。
ドンへの前の空は一段と曇っている。垂れた眼差しに、差し迫るような灰色の靄だった。そっと息をのんだイトゥクは、努めて明るく言った。
「そうだよ。だからお前が養えよ」
暗い雲に目を向けたまま、その口元の手が止まった。イトゥクが見ていると、手を下げながら、微笑みもなくなっている。あどけなさは薄れ、呑気さも感じなくなった顔つきには、精悍さだけが残っている。確かにこんな間は存在した。しかし、それは一瞬の連続でいつも忘れられてきた。多分この時も消えて行く、そう思っている。だが、今日は天気が悪い。気分が晴れない。灰色の雲はいつの間にか黒々として、そんな中、精悍な顔の弟と、自分はいる。この不穏は、まるで怖い夢の中にでもいるようだった。イトゥクは、初めての世界と相対したまま、無言で暗闇に飲まれて行くのを見守るしか出来ない。
しかし、「じゃあ」とその沈黙を破り、目の前の弟がこちらを見た。
暗い部屋で、細い眼差しが向けられる。
のんびりと笑いかけ、
「そうするよ。兄さん」
と、間延びした言い方をされた刹那、ひらめいた。
振り返らなくても、イトゥクにはその正体が分かる。重たい雲を割るような稲妻が、自分達を照らした。いつもなら大袈裟に騒ぐ癖に、地が裂けるほどの音にも動じない弟の顔を見つめながら、イトゥクは心臓が脈打ったのを感じた。突如現れた光が、眩しいほど暗闇を照らしている。
身動きも取れずに、光の中で見つめ合っている。垂れた目は呑気でもどこか違う。落ち着き払った弟は、きっともうこのまま還らないのだ。
呆然と見つめる。何かが変わる、きっかけの時を迎えたのだと、強い鼓動と共にイトゥクは体感していた。






『曇天の霹靂』終わり





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遅れましたがカムバックおめでとうございます!

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