「WHITE SNAKE」セフン×レイ(クリスマス企画短編)
何と言うのか、体型がすらりとして背が高いのが多分第一なんだけれど、立ち振る舞いが年齢の割に落ち着いてるからだろうか。
年功序列に重きを置く国だから、あまり意見も言わないのがそう見せているのかもしれない。
グループのメンバーの中でも、初めから俺の目を一番引いていた。国の違う自分にも優しくて、笑うと、小さな目が線のようになる。
年齢の近いメンバーといると喋るけど、でもそんなに騒いだりしない。的確に丁度良い発言を残して、自分の立場をわきまえている。臨機応変に、要領よく振る舞っている。
白い肌も、小さな目も、高い鼻も、細い唇も一見すると冷たくも見えそうなのに、そうならないのはきっと、いつも優しく笑って、後ろにいるからなんだ。
格好良いメンバーと一緒に仕事が出来るのは、誇りでもあるし、自分も頑張ろうと思う。
前にテレビ番組で、俺の目を引く、その末っ子と両側から長細い菓子を食べるゲームで、最終的に唇が重なったことがあった。優しいから、ああいうゲームで俺が指名しても悪く思われないと思った。
テレビ的に喜ばれるからそうしたのは分かっている。でも自分達は分かっていた気がする。
俺が彼を指名するのが、彼に分かっていたように、俺はその唇が触れてくるのが。
男なのに、許せるほど、格好良いと俺は思ってたんだろう。向こうがそう思ってるかは知らないけど。
――だから俺は、距離を置いていた。
クリスマスイブ。
「兄さんは行かないんですか?」
中国から来たメンバーが俺以外いなくなってしまったから、俺はほぼ全員に「兄さん」と呼ばれるようになった。
「うん。ちょっと疲れてるから」
グループがこの国の班と中国班に分かれて活動していた時、中国班でも一緒だったメンバーが俺に話しかけてきたから答えた。彼はこの国の人。
夕方から数時間、空きが出来たから、みんな出かけると言う。連日の詰まったスケジュールで疲労はかなりのはずなのに、クリスマスに何も出来ないのは嫌なのだろう。
でも俺は、本当に体を休めたくて仕方がなかった。
「じゃあ、兄さんの食べたいもの買って来るよ」
昔は同室だったこの彼が、口角の上がった口元で喋ってるのを見つめる。
みんなリビングに集結していた。俺はソファーにもたれかかって、変わらない彼の物言いに微笑む。
「じゃあトッポギがいいな。内臓の白いスープも飲みたい」
「分かった!」
リーダーが「じゃあ、行くか」とサングラスをしている。どこに行くつもりか知らないけれど、きっとそんなに遠出は出来ないし、人が集まるところにも行けないはずだ。
マネージャーが良さそうな場所へ運んでくれるのだろう。
俺はコート姿のみんなが立ち上がるのをタンクトップの部屋着のまま眺めた。
立ち上がったメンバー達の後ろで、俺の向かい側に、一人だけ立たなかった人間と目が合った。
心臓がどくりと音を立てた。
「あ……」
ダメだ。
「やっぱり俺も行く」
と言いたかった言葉をその人間が遮った。
「僕、レイ兄さんと残ります」
にこにこと笑ったセフンが、ダウンコートを脱ぎながら、立ち上がった。すらりとした背が突き出る。
困惑する。早くどうにかしないと、と思うのに体が動かない。
「え、なんで?じゃあ俺も残ろうか?」
リーダーが俺に向いた。気遣ったリーダーが俺と彼を交互に見る。俺が一人で可哀想だからやむなく彼が残る方にしたと思っている。
「ううん、ちょっとダンスの振り確認したいところあるし、やっぱり本当に疲れてるから」
「本当かよ?」
リーダーがセフンに笑う。俺は心臓がどんどんと嫌な音を立てていった。自分も立ち上がって、「一緒に行く」か、リーダーのスホに「じゃあ、残って」と言わないといけないのに、中国語しか思いつかなくなっている。それくらい自分が焦っているのが分かった。
「もう行って下さい。見送るから」
セフンが笑いながらスホの背中を押すとみんなが玄関に向かった。俺も焦ったまま、やっと玄関に向かう。
でも、冬の空気が入り込んだ玄関で、みんな行ってしまった。
俺と彼を残して。
「……じゃあ」
部屋で休むと言おうとしたら、くるりとセフンが向いた。
「兄さん。疲れました?」
にこっと笑った。俺は今まで意識しないようにしていた鼓動が今日一気に活発になったのが分かった。セフンと同じくらい白い自分の肌が赤くなるのが抑えられなかった。ばれたくないのにそれはどうしようもなかった。
「……そうだね。でも、休むから。セフンも」
「兄さん。ちょっと兄さんか僕の部屋で話ししませんか?」
コートを脱いだセフンはニットの下に、灰色に黒い模様の入ったシャツを着ていた。細身の黒いパンツを着た脚が一歩だけ後ろの自分に近づいた。
「……うん。じゃあ珈琲でも飲もうか?」
何となく体が強張る。この人間とだけは二人きりにならないようにしていたのに。
「いや、僕は飲み物は良いです」
と言って、おもむろにニットを脱いで、自分の部屋まで行ってセフンが中に放り込んだ。
「僕の部屋で良いですか?」
こっちに向いた。優しく微笑んでいる。
「……ああ」
どうしていいのか分からず、言われた通りにすることしか出来なかった。
「座って下さい」
他のメンバーと同室のそのベッドに誘導されて、座った。セフンは床に座るかと思ったら、自分の隣に座って、思わず目を丸くして見てしまった。
「何ですか?」
噴き出したように笑っている。
「いや、ごめん」
線になって微笑んだ目が自分を見ている。
「僕、寂しかったです。なんか兄さんが避けてるような気がして」
俺は、ばれてたと目を瞑った。
「そんな、ことないけど」
すごい自分が格好悪いと思った。こんな年下を不安にさせるほどの態度を取っていたのかと。
でも俺は、やはりこの弟といると意識してしてしまう。男同士なのに、変だし良くなかった。
しかし、セフンはそんな俺に言う。
「僕は、もっと兄さんと普通に接したいです。遊んだりしたいです」
そっと溜息を吐いた。
本当に最低だ、俺。
「うん、本当にごめん。セフン」
そう言い終わる前にその薄い唇が開いた。
「って、言うと思った?」
指の長い、掌の大きな手が、俺の腕を掴んだ。
目を見開いた俺の前に、目が線になっているセフンがいる。
掴まれた腕を引こうとして倍の力で握り返された。
セフンは微笑んだままだ。
「……セフン?」
「良かったですね、両想いですよ」
「え」と眉をひそめたこちらを他所に、正面を向いて片手で俺の腕を握り締めたまま、もう片手で襟元のボタンを開けている。
「なに……」
「こんなに逃げられると思いませんでした」
更にボタンを開く手元を見て。呟いている。
俺は手を振り払おうとする。けど、びくともしない。
本気で払おうと動かすと、うっ血しそうなほど握られる。
「何言ってんだよ。男同士だろ?」
笑っていない目が俺を見た。
冷たくて、ぞっとした。
「そんなに意識しといて今更そんなこと言うんだ?」
うるさい鼓動を感じたまま、嫌な夢でも見ているのかと思う。
「俺、やっぱり外行くから」
立ち上がろうとした俺の腕を容赦なく引かれて、ベッドに転がった。
俺の方が力は強いけど、本気で抵抗して傷つけることが出来ない。
どうしていいのか分からず、頭は真っ白だった。
セフンも掴んだ腕につられるようにベッドに上がった。
「セフン。男同士で何なんだよ」
腕を払った。笑わない顔が見る。
次の言葉が出なかった。
小さな目は白目がくっきりとして、無表情で見られると、何かを思い出させた。
ああ、蛇の目だ。
「僕、今、両想いって言いましたよね?」
わざと聞かせるみたいに、区切って言われる。
はだけた胸元から骨ばった肋骨がのぞく姿で近づかれる。
細長い体も蛇のようだった。
ベッドの頭に後ずさった。
「男に両想いもないだろ」
「じゃあ、僕とやってから同じ事言えるか試してみましょう」
また目を見開く。
逃げをうった体を力いっぱいまた転がされて、上に乗られた。
「やめろって!本気で蹴るぞ!傷つけたくないんだよ!」
「優しいな」
乱れた焦げ茶色の横髪を軽く梳いて、俺を見下ろすその体が下がった。
体が密着してくる。馬鹿みたいな心臓の音が伝わりそうで、腕をつっぱねて身をよじった自分の顏の前まで、胸を押されて苦しいはずなのに表情一つ変えないセフンが顔を近づけてくる。
高い鼻先があたる。
蛇の目が、すぐそこにあった。
「でもその前にもう一回キスしよ……?」
俺を目で捕らえたまま、囁いた。
一気に鼓動が跳ねあがる。
あれがキスになってしまったと、あの唇が触れた時を思い出した。
しない、と呟いた俺の口に、小さくて薄い唇がおりた。
横に向こうとした後頭部に両手を回されて、正確に重なる。
まるで食べようとでもするように、唇を咥えられて舌で舐められた。
セフンの長い腕を掴みながら、ただでさえ乱れていた息に、口を塞がれて苦しくてたまらない。
「ん」
呼吸した瞬間に舌が入って来る。
ぼやける視界で冷血な目と見つめ合って、吐息をこぼすともっと舌は絡んできた。
体が小さく跳ねて反応する。
頭を掴んでいる手が止まった、と思ったら力を入れられて、何度も舌が絡められる。
苦しいのに、その度に同じ反応をしてしまう。
息がかかって、息が上がる。
深く舌を差し込まれて、あまりにも苦しくて涙が滲んだ。
小さな目はずっと自分を見ている。
カーテンで仕切られた部屋の中で、薄暗い相手を視界に入れて、涙は絶えず出て来た。
「あっ」
いつの間にか頭から外れていた片手に、撫でられた。
もっと強く自分の体が跳ねた。
口が離れる。
自分の興奮がその手で分かる。
「やめろよっ!……セフン!」
手がスウェットの上から、いきなりそこを握られて強くすられた。
「ああっ!嫌だ!嫌だ!」
逃げようとよじる体がびくつく。力は大分前から出ていなくて、その腕を掴んでいる自分の手はどちらかと言うと、それを支えにしている。
「嫌だって!」
でもその手は止まらない。忙しい自分達にその刺激は簡単に快感を認識させてしまう。凝視されている。自分を押さえつける力が更に強くなった。
「あっ、あっ……」
抵抗する文句も空しく、服も着たまま、下着に出ているのが分かる。
長く全身を震わせている自分を見下ろして、
「……僕のこと、好きですよね?」
と、呟かれた。
息を整えながら、愕然と見上げる。
「これ以上、しても良いですよね?」
ずっと、逃げていたのに。
脱力感で動けない体も、まだ肩を掴まれて、押さえつけられている。
小さな目が俺からそらされない。
自分の涙は今も滲んでいた。
「だって……待たせるから……」
その瞳が、濡れる俺の目元に焦点を合わせている。そのあとに、「不思議な目」と言われた。
脱力した体で、優しかった弟に言う。
「……ダメだって。こういうのは」
何も表情変えず俺を見下ろして、そのまましばし黙った。
濡れた下着も気持ち悪いのに、俺は動けなかった。
セフンも俺の上から、動かない。
「男同士だから?」
静かに口に出されて、「うん」と答えた。
「そうですか」
そう言った眼差しは何も変わらない。
冷たいまま俺を見下ろしている。
「じゃあ、今日はここまでにします。クリスマスだし」
痛くなったら可哀想だから、と続けてセフンが言った。
俺は首に何か巻きつけられたように、喋れなかった。
きっともうこの弟は戻らない。
俺も、もう逃げられない。
鼓動を打ち続ける心臓も、その全身に強く縛られている。
今日で全部変わってしまった。
クリスマスに自分達はメンバーが帰るまでずっと、絡まり合いながらキスしていた。
『WHITE SNAKE』おわり