「月的友人」リョウク ルナ キュヒョン(誕生日記念)SUPERJUNIORの短編
これがうまく行くとか行かないとか。
そんなことを考え始めて、デスクに向かった。ヘッドフォンをかけてキーボードで少し打ち込んでから、画面を見た。
溜息をついた。
これもだめだな。
「リョウク」
「なに?」
部屋の外からキュヒョンの声がした。それと同時に、俺はキーボードの横に置かれた携帯電話を覗き込む。
立ち上がって、ドア横にぶら下がっているリュックをとって、クローゼットの中から、並んでいる帽子の中で、黒いキャップを指で確認した後、片手で取って、かぶった。
ドアを開ける前に、下を向いた。星柄の青いTシャツが、目につくかどうか考えてから、ノブを回す。
「あのさあ、帰りにUSBメモリー買って来てくれない?」
ぼさぼさの頭で、さっきまで寝ていた顔のメンバーがいた。近頃彼のスケジュールは酷くて、少しでも時間があれば睡眠をとってるみたいだけど、その顔だと昨日は睡眠時間も惜しんで、趣味に費やしたらしい。アイドルらしくないにきび跡がついた場所が赤くなって、むくんでいる。酒も飲んだみたいだ。
そんな時間良くあったな。
「良いけど。何ギガ?」
「32くらい」
そう言って、目をこすった。切れ込みの線がついた目蓋は、こすられると一層ぱっとひらいた。黒く丸い瞳がこちらに向く。自分が小さい目だから、変な気持ちになる、羨ましくはないけど。鼻先が尖った高い鼻も白い肌も、まあまあ綺麗だけど、どこか残念な顔の、メンバー内で俺と同じ弟。残念だけど、ずっと人気もあって、女子はこういう顔が結構好きなんだ。
「酒飲むから、覚えてないかもだけど」
「頼むわ」
「マネージャーは?」
「デート」
ふふっといきなり声を出して笑った俺を、唇をつきだして見た。
「なんで笑ってんの?」
「キュヒョン彼女と別れて、俺もいなくて、マネージャーに彼女いるって」
白いむくんだ顔をキュヒョンもゆるませる。
「俺はすぐ追いかける」
「頑張って」
俺は微笑んで、その前を横切る。部屋の電気はもとからつけてなかった。
「リョウク、作曲してたの?」
「うん。上手くできなかった」
どうやら見送る気らしく、後ろからついてくるキュヒョンに答えながら、玄関まで歩く。
「ソロアルバムできたら教えて」
「うるさい」
キュヒョンも無いくせにからかって。音楽は、作るたびその才能はないと実感する。二人とも無いのはお互い分かっている。楽しいから作るけど。
スニーカーを履きながら、日が長くなったけど、もう外は真っ暗だろうなと思った。サングラスは持って行かなくていいか。
「ルナによろしく」
「うん」
自然と笑顔になった。彼女のことを考えるとそうなる。そんな友人がいることが、財産だと分かった自分はこの職業の割には派手な人生を送っていない。
アイドルという仕事はずっと目立つけど、彼ら、自分のグループのメンバーを見ると、その中ではこんなポジションで、それが自分だと思う。
割り切って徹していると言うよりは、合っていて気が楽なんだ。アイドルは歌が必要なわけで、その点に置いては、目の前の相手と俺は重要視されてしかるべきだとは思うんだけど、縁の下の力持ちなんてレベルじゃない位に。
認められることなんて自分には大切だと思わないけど、弟の俺がメンバーを支えていることに優越感もあったりして、能力がなくてもメンバーは大切に思ってくれると思うし、そんな彼らが好きだから、こんな自分で良かったと思う。けど時々、今日みたいに少し、何もかも上手く行かない感じがする日も出て来て。
それでも俺をこうして笑顔にさせてくれる友人に、会いに行く。
同じ事務所で、付き合いは長い。そして、とっても似ていると俺は思っている。
彼女に言えば怒るけど。
綺麗な月だあ。タクシーに乗り込む前に見上げると、黒い夜空にぽっかりと浮かんでいる。同じ名前の友人だから、まるで今から俺があの丸い月に会いに行くみたいで、もっと嬉しくなって、車内に滑り込む。
「リョウク兄さん!」
江南区のサラダバーを指定され、始めて行く店で待ち合わせた。女友達の中で彼女の趣味は一番可愛いと思う、背の低い自分と変わらない位の大きさで、グループの中で一番しゃきしゃきしてメンバーを引っ張っているのに。
野菜のオブジェが並ぶ思わず笑いがこぼれる店内を、満面の笑みで駆けてくる。
明るい笑顔と、長い金髪を見て、俺がどんなに嬉しく思っているか彼女はきっと分からないだろう。
黒いタンクトップと合わせた、ノースリーブの白いTシャツに大きく描かれた黄色い花が可愛い。
「可愛いTシャツ」
会った途端、俺が言うと、ばっと両腕で隠した。
「何で隠すんだよ」
笑った俺に、ほんのり赤い顔をしかめた。
「照れるんですよ!」
「可愛いから言ったんだよ」
「何ですぐそういうの言うんですか?」
非難の目を向けながら、正面に座る。水色のエルメスのバッグも可愛いけど。
少し怒った彼女も、見ると俺はにこにことしてしまう。
一階がサラダバーになっている店内は、二階が個室で、コース料理も注文できる。ルナと俺は迷わずそちらにする。
赤いテーブルライトに照らされた前菜のスモークサーモンのぶつ切りとアボカドのサラダを食べながら、俺は彼女が話したいだろうなと思っている話題をすぐに切り出した。
「やめれば?」
「なんでですか?」
「だってそれやってるだろ?」
「何でそういう言い方するんですか」
フォークで刺したアボカドを口に入れずに、彼女が顔をしかめた。
「ルナ」
このとろとろのサーモン美味しいけど、この感じだと、コースで頼むんじゃなかったかも。プロモーション活動中の俺もルナもハイカロリー過ぎて、きっと殆ど食べられない。
「最初からずっと別れろって言ってるだろ。そういう奴だって、分かってて付き合ったんだから割り切れなんて俺は言わないよ」
フォークに刺されたまま、皿に置かれる。ルナは少し離れた眉間を寄せて、大きめな鼻を下に向けている。赤い薄明りに分かれた前髪で、額が照らされている。俺より毛穴が目立つことは、気にしてるから言わないけど、肌に良いからそのアボカドは食べた方が良い。
「食べなよ。ルナ」
言っても黙ってしまった。
付き合ってから、変わることを期待したんだろうけど、この仕事で、毎日選び抜かれた見た目の良い異性に囲まれて、そんなの無理だって。
自分達だって外見を維持するのがどれだけ大変か。
別の事務所所属の女癖が悪いアイドルグループのメンバーに彼女はぞっこんだ。
「リョウク兄さん」
キウイ果汁の焼酎をストローで飲みながら、目を向ける。ルナも酒だけは少しずつ減っている。
「私、可愛くないと思いますか?」
「可愛いよ。すごく」
ルナが顔を上げた。自分達は色が白い方じゃないけど、赤いテーブルライトでも俺には彼女がそう見える。
「鼻が」
白目が多いと気にしてる、マスカラのついた睫毛に縁取られた目がぼんやり揺れて見える。口角がまるで逆三角になるように上がる元気な口元なのに、今日はなかなか上がらない。
「もっと小さくなって。目が離れてるのを直したら良いですかね」
誰に言うでもなく彼女が呟く。普段の明るい笑顔からはきっと彼女のファンは想像できないだろう。彼女を見ると、本当に分身のように大切に感じる。
「今でも可愛いよ」
「肌が、もっと白くなって。目を開いて、顎も気になるから」
「ルナ。泣かないでよ」
えらも削ってと、震えた声で言われて、その彼女が気になっている目元が揺れて、口をつぐんで耐えたのに反して水分が、暗いテーブルに落ちて行く。
「何で、私が好きになる人は、私の顔が好きじゃないんだろう」
こんな軽い酒なんかは、即飲み干してしまった俺は、次はジンにするか考えながら、彼女のこの台詞を今まで何回聞いただろうと思った。そのたびに、
「ルナは目が悪い人が好きだから仕方ないよ」
と言って微笑む。
これで大体は、酒を一杯は飲んでくれて、少しはその顔が明るくなるんだけど、今日はまだだめなようだった。
「リョウク兄さん。私、あとどこ整形すれば良いですか?」
ぼんやりと俺に顔を上げて見つめて来る。
思わず目蓋を閉じてため息ついた。
本当に、クソみたいなのにはまったな。
「ルナ。ルナが言ってる整形は、大体治るまで死にそうなほど痛いよ」
俺が経験してるから、彼女はこれを堂々と言えてしまうようになった。
自分達は、とても良く似ている。
「痛いのなんか、全然平気ですよ。それよりも好きな人が、私のこと好きじゃない方が辛い。私に似てない可愛い子ばっかり見る方が辛い」
胸からひいひい音を出して、さめざめとこちらを向いて涙をこぼすのを見ると、
「ルナは可愛いって言ってるだろ!」
と久しぶりに女の子に声を荒げた自分に、うんざりと息を吐く。
彼女はへの字に唇を曲げて、こちらを見る。
「俺のことタイプじゃないって堂々と言われるのも、慣れたけど、結構傷ついてるって言ったろ?」
言いながら、俺も細い唇を尖らせた。
すると、
「私のことタイプじゃない兄さんに言われたくない」
と言って、こちらを見るマスカラがとれて下に点々とついた目の、涙が止まってる。
俺が微笑むと、ルナも急カーブで上がる口角を上げた。
だって、そう言わないと、真面目な君は遊んでくれないから。でも、それは確かに君を良く知ってからで、俺のタイプとは元々は違うだろう。だけど、ルナが俺をタイプじゃないのには比べものにならないくらいタイプだけど。
ここだけは自慢の小さく綺麗に並んだ歯並びでいーっと苦笑いしながら、グラスのストローに口付けようとして、空だったと思った。
「俺もう次飲むよ」
「これなんか苦いんです」
茶色い眉を八の字にしてこちらをうるうると見つめる。
「俺のさっきのすっごい甘かったよ。それ多分ルナ好きだよ」
言いながら、そのグラスを自分の手元に引き寄せて、ブザーを押す。にこっと逆三角にして嬉しそうに笑う。それを見ると、俺もやっぱり笑顔になる。
「ルナ。このサラダ美味いから食べろよ。今日は一緒に太ろう」
えーっと言われながら、夜が更けて行く。
自分達は基本的に二人きりで外は歩かないようにしているけど、今日は彼女が歩きたいと言ったから、少し歩いた。幅の広い道路にちょっと大丈夫かと思ったけど、通行人は少なかった。
まだ肌寒いなと思う。
「ルナ寒くない?」
「全然。兄さん寒いんですか?ダイエット成功だ」
「今日で太ったよ」
にこにこと前を歩く彼女についていく。この歩き方は酔ってるな。
「ねえ、兄さん」
「なに?」
「私がこのままずっと、付き合っていく彼氏と上手く行かなかったら」
前を歩きながら、俯いて、言葉をとめてしまった。きっと続けることが恥ずかしくなったというよりも、今の彼氏に悪いと思ったのだろう。もっと悪いことされてると思うけど。
「その前にあいつと別れて、新しい彼氏見つけて、そいつが良い男か俺が判断して、だめだったら別れて、また新しいやつ見つけて」
「長いですねー」
と言ってけらけらと笑った。俺は微笑む。
それで最後に誰もいなくなったら、俺が結婚するから。
「兄さん。このステップできます?」
「めちゃくちゃ酔ってんじゃん」
外灯が少なくなって、彼女の向こうに見えているのも、夜空にぽっかり浮かぶ彼女だ。
「そうだ。忘れてた。今日あった時、なんか兄さんも元気ない感じがしましたよ」
「最近上手くいかなかったよ。ミュージカルの練習も。今日も、作曲とかさ」
すごい高いヒールのパンプスのせいで、殆ど俺と身長が変わらなくなってしまって、金髪を揺らして楽しそうに歩いている。
「作曲かあ。兄さんの作った歌うたってみたいです」
「もっと良い歌うたってよ」
「恋人に捧げる曲とか作らないんですか?」
「今はね。良いと思うけど」
最近作っているものは、自分用だった。あれを歌うことが出来るのは、俺ときっと……
と考えて、あれ?もしかして俺の周りで恋人がいないのって、今多分独り寂しく寝てるか、ゲームしてるあいつだけ?と思った。
「兄さん」
いつの間にか俯いて考えていた顔を上げた。
「兄さんが格好良いこと、私が多分一番知ってますから。ミュージカルも良いものになりますから。すごい良い曲も作れますから」
急カーブの口角を上げている。上手くいかない日々を照らす俺の友達。
俺が守ってあげるよ。
どこにいても俺が助けてあげるよ。
俺が幸せにできるよ。
今日はちょっと太ったけどまた痩せるし、君よりも肌の保湿もするよ。
でも、俺たちはその前に、一人で頑張ることができるから。
きっとこの日々を乗り越えられるから。
「ルナ。あのタクシーに乗ろう」
向こうから来る黒いタクシーに手を上げて言う。二人で乗り込んで、お互い近い宿舎の、そのマンションにすぐに到着する。
「兄さん、降りないんですか?」
先にルナを降ろすと、不思議そうに首を傾げている。
「この時間なら開いてるから、買わないと」
「何買うんですか?」
そう言えば、俺の周りで一番幸せなのってマネージャーじゃない?と不意に思うと噴き出して笑いながら、おやすみと返した自分を乗せてタクシーは動き出す。
もう一人の相棒のために、漢方も一緒に買って帰るのも良いかもしれない。
『月的友人』(リョウク誕生日記念)おわり
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こちらは遅れましたが。