夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「魔宮 2」ユノ(東方神起)カイ(EXO)


座ったまま、見上げながら、「心配事でもある?」とユノは経験から探し出し、言った。まだ少年の面影さえある青年の顔が、ゆるく横に振られる。
「すいません。寝ると疲れるじゃない。そうじゃない、です」
起きたくないんです。
いつの間にか泳ぐことを忘れた、どこか正面の自分を通り過ぎているような大きく長い目の視線や、静寂が濃くなっていくゆっくりした物言いも、ユノは、腹の底から湧いてくる不安を覚えた。
「寝てれば?」
とだけ、言うことが出来た。
視線を外さず、彼が独り言のように放った。
起きたくなくなるのが、なんか怖い。だから、あんまり寝たくない。
一本一本が太いせいでまとまる黒髪が揺れる。ユノが眉を寄せながら、
「そんなの体壊すだろ。アラームかけろよ?」
そう言うと、
「起きることは出来ます」
と少し精気を戻したようになって、自分達の間に視線を落としている。
「起きたくないって思うことなんです」
言われたことが経験の無いせいで、背筋が何となく寒くなり、ユノはそっと唾を飲み込んだ。彼の言葉は最後まで続けられた。
「覚えてないんですけど、多分なんか良い夢見てるんです」
すごく綺麗な、と終わらせた表情が微笑んで、かすかな恍惚さえ感じさせた。
切れ長の奥二重を歪めながら、結果としてそんな疲れた顔になるなら良い夢ではないだろうと、ますます眉を寄せる。
「ジョンイン、体に悪いから、今日は寝ろよ」
相手の年齢が急に際立って、心配心が増した。まだ、学校にも通っていること、成長中の身体にも。少しだけ気落ちした表情で、「はい」と口角を上げた顏にも、焦燥感に駆られた。
「このまま一緒に帰るか?マネージャーに言って先に送ってもらうけど」
「いえ、兄さんと出ると目立つから、一人で帰ります」
悪く思っているのか精気の無さか、濃い眉を下げている。事務所の前で、自分を待ち続けているファンの姿を、細い目蓋に思い出しながら、ユノは「そうか。いや、良いんだ」と立ち上がった。
襟元を閉める黒いコートを着て、早く帰れよと笑いかけた。
「ユノ兄さん」
振り返ると、奥の鏡には青年の後ろ姿と、やせ形だが、締まった筋肉で彼より体格を大きくしている自分がいた。
「あの、足どうしたんですか?」
細い目を、そこを見下ろす彼に向け、「あー」と言った。
「ちょっと足首やった。大したことない」
訝しく見つめている青臭い整った顏を小さく鼻で笑いながら、ユノは、じゃ、しっかり休めよ、と言ってその場を後にした。
ドアを開くと、点灯し、ドアの一つから顔が出される。
玄関を灯す白い蛍光灯の下を、部屋から、良く着ている灰のパーカー姿で、向かって来る。
入口で、寒さでかじかんだ体を温めながら、息をついた。
「ユノ―、お疲れ様―」
特に表情は変えず、耳に響く声だけおどけた風に小さい口で出された。頭を振って、金色に近い長い前髪を避けようとするが、切れ長の目にかかっている。目元の濃い白く端正な顔を眺めて、ユノは下唇の厚いそこでにこっと笑った。
「うん。なんか練習生時代に戻った気分だった」
スニーカーを脱いで、廊下で待つ元に向かった。近づくと、向こうも微笑んで前を歩き、ダイニングに一緒に入った。
「お疲れ様―。先してるよ」
食卓に各々のノートパソコンを持ち、三人の男が着いている。その中で耳より長い黒髪に、ゆるいパーマをかけたにこやかな一人が首を伸ばして、ユノを見た。十分暖かい室内で、三人共Tシャツを着、口々にお疲れ様と言った。
「お疲れ」
コートを脱ぎ、向こうのソファーに投げようとして、キッチンに入ったさっきの人間に「手、洗って来るよ」とユノは声をかけた。自分用に残された鍋を火にかけている彼の金髪に近い後ろ頭が頷き、それを尻目にダイニングを出た
廊下に談笑が漏れて来る。電気の消えた自室を開き、ポケットに色々と入った重みのあるコートをベッドに投げ入れ、洗面所に体を向けた瞬間、顔を歪める。
スリッパを履いた右足に、負担をかけないよう歩いた。手洗いを済ませ、ダイニングに戻った。
「ありがと。あとやるよ」
冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、コンロの前に立つ人間に近寄る。
「いいよ、お疲れ様だから。今回しつこかったな」
「俺がだめだったから」
小さな唇が尖ったのが横顔で見えた。返す言葉を探しているのも、自分に気遣いながらも、仕方のないことだと分かっていることが伝わってくる。話を変えようと蓋の空けられた鍋を覗き込もうとする前に、「そんなことないよ」と呟かれた。仲間を偽らせた響きにユノは苦笑するしかなくなり、「大丈夫だから」と白く整った歯を見せ、グラスに黄色いジュースを注いだ。
「兄さん、持って来なかったんですか?」
 席に着くと、隣の男が使用中のノートパソコンの両脇を触って見せた。アシンメトリーにした黒い前髪が揺れる。鼻にかかる元々の声や、自分に不慣れを感じる声色も、庇護欲もわかせられるが、どこか異質な物と捉えている違和感から自然とユノは彼に短い返事になった。
「今日は食ったら寝ようと思って」
「僕もあと一時間くらいにしようかな」
合わせるように言われたのは、性質の合わなさを乗り越えようという気持ちよりも、相手も心底身体を癒したい目的からだった。自由な時間が与えられた日はここ最近なかった。別に寝なくても動くことは出来るが、睡眠を取らないと難しいことがあると、全員が知っている。特にこの相手とは今、そうしないといけなかった。正面で一番背が高く一番年下の男が丸い頬を光らせ、大きな横長の口で微笑んでいるが、残念さが滲んでいる。会話も楽しいユノの隣の人間がオンラインゲームを抜けるのがつまらないのだ。でも、何も言えない。昨日は比較的、睡眠時間を多く取ることができたおかげで二十歳前後の全員の顔に、出ていないが、解消しきれない大なり小なりの疲労は体内にあり、だが空いた時間を出来るだけ、世間一般の同世代の男子と同じように使いたい気持ちがある、しかし、ただの疲労に限った。分かっているから、正面の人間は微笑むに留めている。
「その漢方見たことないやつですね」
家政婦が作る鍋は少し飽きが来ていたが、ユノは全て食べた。食後に、漢方薬を飲んでいると、隣も飲む手を止めて、ユノの持っていた箱を覗き込んだ。
「この前の宅配便に、父さんが入れてた」
「良く効くんですか?」
「初めて飲むから。風邪にも良いみたいだけど」
「効いたら教えて下さい」
なあ、と就寝時間を早めた者同士、部屋は別だが、自室に戻るタイミングが同じになり、ユノはドアを開いたまま、廊下で声をかけた。自分とは逆の足をかばっている相手もノブに手をかけ、振り向いた。
「今日の俺のとこさ、ちょっと歌ってみてくれない?」
蛍光灯の下で、つぶらな目が逡巡するのを見つめた。年下でもあるので、性格の合わなさに加えて、気遣い方も複雑だった。だが、自分達はプロだから、やるべきことは仕事の質を高めることだけで、ユノの望み通り、彼はそのパートを口ずさんだ。
何の変哲もない、高級マンションの廊下に、今日、自分が最後まで出し続けた表現とは、別の歌が流れ、ユノは眺めて、聞いた。自分らしさが求められることはあるが、このパートは違った。そして聞いて、やはり最善を尽くしたことを実感した。プロデューサーが最後まで求めていた表現を、実際今耳にして、彼がグループ内でも上手い方だと言うことではなく、自分の中にそれがないことを、改めて確認した。
踊れば良い。それが好きで、多くの人間に格好良く見せたくて、入ったのだから。そして、グループでもそのポジションを与えられた。例え、隣の部屋でプロ意識から、早く治そうとしている彼が歌にもダンスにも特化し、残りの仲間も十分両方の才能もある人間達だったとしても、自分だけの動きがダンスでは出来る。彼らの中で輝きたいのではなく、彼らの輝きを落とさないように、踊り、リーダーとしての責任も全うするのが、アイドルグループを続ける必要条件だと、ユノは電気の消えた部屋を、横たわって見渡した。暗くて、殆ど見えなくなっている。踊れば良いと唱えながら、少し体を動かして、足が痛いと思った。暗い部屋の中で、足が痛い自分がいることが不思議にも思った。
踊らないといけない。
眠りに落ちて、早く治さないと。
だけど、足が痛い。
ユノはふと数時間前に会った後輩のことを思い出した。そう言えば、変な事を言っていた。何て言っていたか。目の下に隈をつけたあどけない顔が、起きたくないから寝たくない、と呟いていた。すごく綺麗な夢を見ていると。
天才と言われた幼い彼が心配にはなったが、それよりも、自分にとって良い夢とは、起きたらこの足が治っていることだと、ユノは思って、寝た。









つづく

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