「Moon stories 2」レイ×シウミン
*続き物なので一話からどうぞ。
「空違いますね」
振り向かず、シウミンは「そうだな」と応えた。それがどちらの国の空と違うのかは分からなかった。でもどちらの国とも違うのだから、言及はしなかった。
月がとても大きく見えていた。
金色に見えた。
「月餅食べないとな」
冗談は苦手なのだけれど、後ろから小さな笑い声が聞こえて少し安心した。
「さっきの焼き菓子美味しかった」
返事は独り言のようで、年上の自分に敬語ではなかったけれど、気にしなかった。脳裏に木の葉の形をしたパンケーキのような生地に餡子が包まれた菓子が浮かんだ。
「ヒロシマ。ヒロシマ」
シウミンは後ろを向いた。恋人がホテルのどこかで手に入れたらしい周辺地図を拡げながらベッドの淵に腰かけて、面白げに覚えたての地名を口ずさんでいる。
自分の国の言葉で書かれているのではなく、彼の国の言語で書かれていた。けれど自分も遠目に読むことが出来た。
各部屋に散らばっている他のメンバー達もこの月を見ているだろうか。今日成功したライブの心地よい疲労を感じながらまた夜空を見上げた。自分達の空と違うのは湿度と大気の汚染度の違いからだ。
綺麗だ、とは思ったけれど懐かしいのはやはり自国のそれだった。メンバー1小柄なのもあるのか、小動物のような顔をして眺めている。空いた口元は鼠のようだった。
「漂亮」
いつの間にか恋人は地図片手に隣に来ていた。同じことを思ったことに、シウミンは口の端を上げながら、それと同じ言語で「そうだな」と返事した。
レイが向いた。
少し左右の瞳の位置が違う目は、窓の外に浮かぶ満月よりも「漂亮」だった。魅入った途端に、唇を軽く奪われた。離されて、ごくりと喉を鳴らした。まだメンバーの誰も気づいていないけれど、シウミン自身も忘れてしまうような気分に陥る。初めてできた同性の恋人は色々と特別な事が多かった。
自分よりも肌が白い、自分よりも背が高い、母国が違う、上げればきりがないけれど、大方惚れていた。
「餅ついてるな」
シウミンは釘付けになる自分の視線を剥がすようにまた月を見た。
「俺の国では薬草です」
言っている意味が分からなくて、返事が遅れた自分にレイが詳しく説明をした。
「薬草を兎が混ぜてます」
「へえ」
月面の模様を、シウミンもそう言う風に見ようとしたけれど、薬草どころか模様さえ分からなかった。綺麗とは言えそこまではっきり見えるものではなかった。
「もう杵なんかでつかないよな」
「でも味は全然違いますよ」
「食べたことあるの?」
レイは杵でついた餅を食べたことがあるらしい。自分もどこかで食べたことがあったかもしれないけれど、記憶になかった。シウミンは良く様々な食べ物について彼から教えてもらう。窓に反射した恋人が頷くのを見た。茶髪の自分とは違い、黒髪が白い肌と一緒になって少しだけミステリアスに見えた。
窓越しに見つめられて、頬を染めた。
こうなる前は頼りになる弟分であり、まさしく男友達だったのに、関係が変わってからレイは表情や仕草が大分変わった。
それはシウミンの心臓を不穏にさせた。雄々しさと女性に感じる色気を兼ねていた。
「ああ、この前食べたのそうじゃないですか?」
「あれ美味しかったよな!」
シウミンは納得した。旧暦の自分達は一か月前に寮の家政婦が用意してくれた餅菓子を既に食べていたのだけれど、それが凄く美味しかったのだ。
シウミンは嬉しくなった。メンバー全員いたが、恋人と初めて体験した行事ごとだった。ロマンチックさは皆無だったけれど。あの時の記憶が更にかけがえなくなった気がした。
それからその日に恋人が入れてくれた漢方の茶の味を思い出した。忙しさで珈琲一杯入れるのも全員が億劫な中、喉に良いからと入れてくれたのだ。独特な香りで飲めないメンバーもいた。干した果物の茶だった。黒い大きな丸い実だった。あの月が新月に変わった時、ああなるのかもしれない。
ほんのり甘い味を思い出しながら、シウミンは正面に浮かぶ黄金の球体を眺めて、
初めて訪れた恋人とのロマンチックに浸った。
To be continued.