「鶯 2」ユノ×キュヒョン
「というわけで、早くしてください」
苛々とキュヒョンが言い放った。
「え、キスを?」
俺はぎょっとする。
「だってそれしかないんですよ!頭の中で鳴かれる身にもなって下さい!」
「え、今も鳴いてんの?」
「いえ、今は固唾を飲んで見守ってる感じです」
ため息交じりで首を振られた。
「ふ、ふーん」
嘘くささ、半端ないな。
でも、こいつ女としか付き合ってないし、こんなのメリットゼロだもんな。
「じゃあ、分かったよ」
いや、本当は全然分かんないけれど、鶯の件は俺は確かに褒めていたし、それをこいつが、というより俺以外の人間が知っているわけがない。
まあ、キスの一つや二つ……男となんてこいつらのグループじゃないんだし、すごい嫌だけど、それで丸く収まるならしてやる。
しかし、今彼女いなくて良かったな。こいつもだろうけど。
「じゃあするから」
「え、するんですか?」
キュヒョンが今更身構えた。
「は?」
「あ、いや、しないといけないんですけど、じゃあよろしくお願いします」
キュヒョンが、唖然としかけた俺を見ながら、立ったまま姿勢を正して、目を瞑った。
「ちょっと待て。お前罰ゲームとかなの?」
「じゃないの分かりますよね?」
目を開かれて、俺は口をつぐむ。
そう、どうしてもあんな俺の呟き、周りに誰もいなかったし、マイクはつけてなかったし、やっぱり鶯自身じゃないと気付くのは可笑しいんだよな。
いや、待てよ。
「ウグイスだって俺のあんなの聞こえるワケ?」
「死が間近で精神は抜けかけて彷徨っていたそうですよ」
もうこれ、嘘だろ。
「嘘だと思ってて良いんで、するだけして下さい」
俺ってそんなに顔に出てるのかな。
でも、実際、鶯じゃないと知らない事実なんだ。
本当に本当なのか。だとすれば。
「なんかすごいな」
色んな意味で。
観念したように呟いた俺の顔をキュヒョンがまたちらりと見た。
「夢がありますよね」
「うん」
俺が返事して、何となく、自分達は見つめ合った。
こんなに二人きりで会話をしたのも初めてだった。
「とりあえず早く済ませましょうか。寝なきゃいけないし」
キュヒョンが気まずそうに目をそらせた。
「分かった」
俺が答えると、静かに息を吐いてキュヒョンが再び目を閉じた。
一歩踏み出して、長い睫毛を見ながら、自分より少し低い相手の身長を実感する。
寄り添う。
唇を見ると、意外に柔らかそうだった、って言っても男だからあんまりそういうのは考えたくなかったけど。
ゆっくり近づけて、そっと触れ合わせて離した。
ちゃんとそこまでキスの感覚はなくできたと思う。
白い目蓋が上がって、黒い瞳が俺を見た。
また見つめあった。
「だめ、みたいです」
「え?」
「もっとちゃんとしないとだめだそうです」
「マジ?」
キュヒョンもがっかりと肩を落としている。
「じゃあ座って、そこ」
何だか可哀想になってきた。
俺を見ながら、言われた通りに、同じ場所にキュヒョンが座り直した。
俺はその隣に座った。
何でそうしたか把握できない様子で俺を見ている。
「もっとちゃんとするから、心配するな」
安心させるよう微笑みかけると、キュヒョンも口角をちょっと上げた。良く見ると元からも少し上がっている。
「じゃあするよ」
「はい」
キュヒョンがさっきより明るくなった表情で、開き直ったみたいに目を瞑った。
俺も腹を括った。
体を寄せる。
その唇を見据えながら、重ねた。
覚悟を決めてした分、やっぱり柔らかい、とかいらない感触まで伝わった。何度か啄むと、見ていた目蓋もおずおずと開いた。大きな黒い瞳が、俺の目と口元を交互に見て来る。視線を行き交わせながら、また啄む。
まだだめそうなのか、受け身なだけではなくなったキュヒョンも、合わせるように啄んでくる。何となく目蓋を閉じる機会を失って、開けたまま、見つめ合って、長く、何度もしていると、段々と恋人にでもしてる気がして来て、体に変化が起きそうで俺は唇を離した。
でも顔は何となく離せなくて、近づけたまま「どう?」と聞いた。額をほぼ突き合わせて、お互い上目で相手を見ている。鼻から呼吸をしていた。
キュヒョンは声がかすれて、
「……まだだめみたいですけど、これ以上は、しない方が良い気がします」
と、上気した顔で俺の唇を見つめて言うから、吸い込まれるように、もう一度顔を傾ける。目を閉じたから、そのまま重ね合わせて、離した。
「ごめん」
額をつけて呟くと、目を開けたキュヒョンが首を横に振った。なんかこれ本当に危ない。
「今日はもう」
「やめましょう」
お互い頷いた。
部屋の入口まで、その後ろについて見送る。「じゃあ」と振り返られて目が合った。
鼓動が大きく音を立てたけれど、そう言えばキスしている間中そうだったしな、と今更ながら思った。これは一体何なんだ。
「あ、うん」
鍵に手を伸ばす。キュヒョンがなぜか振り向いた体勢で動かないから、覆うように自分の体が近づいて、何となくまた口を寄せてしまいそうで、顔を背けて鍵を開ける。キュヒョンも気づいて顔をそらせた。
「すいません」
「いや」
背けたまま答える。
「じゃあ、おやすみなさい」
キュヒョンがこちらを見たのが分かって、俺も「うん」と言ってちらっと見る。
一瞬視線をかわした後、キュヒョンがドアに向く前、いきなり両肩掴まれてキスをされた。
「すいません、おやすみなさい」
離されながら俯いて呟かれる。逃げるみたいに部屋から出て行った。
呆然と固まった。
これは鶯のせい?キュヒョンは俺に惚れた鶯でああなっているのか?
じゃあ俺は?
つづく