夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「一つの点を境にして、変わる瞬間に立ち会ったはじめての経験である 3」キュヒョン イトゥク


「キュヒョン、声が良いね」
まだ慣れないミュージックビデオの撮影中に、他のメンバーのカットを見守っていた。何人かのメンバーの後ろで隠れるようにモニターを見ながら、画面の中で格好つけて歌う人間をたまにからかって笑う、そんな仲間達を羨ましく思っていた。あとどのくらい経てば自分もそうなるのだろうと、キュヒョンがそっと溜息をついた時に、隣で囁くように言われた。そちらを向いて、今度は唾を飲み込んだ。メンバー達といる時も、芸能人の中に自分が紛れているのが不思議な気持ちになることがあるが、キュヒョンは彼を見ると、良くそう思った。一人だけ、浮いたような存在だったからだ、自分とは違う意味で。彼自身もその自覚があるのか、メンバーと距離を取っている。一足早くタレント活動を行い、キュヒョンもグループに入る前からその存在は知っていた。イトゥクが彼と話すときは他のメンバーと取っているその距離を縮めるような話し方をする。気にかけているのが分かる。しかし、その自覚からというよりも、もともとの気の強さからというよりも、タレント活動において大先輩という肩書きそのものが、見えない強固な壁を作り、近寄りがたい雰囲気を出している。キュヒョンは、更に新入りの慣れなさから彼にはいつも緊張した。
「ありがとうございます」
「うん。残りも頑張ろうな」
柔らかく笑う。整っているが、少し鼻先が丸く、親しみやすさがある彼の笑顔は、確かに誰からも好かれやすい愛嬌を感じる。それを眺めて、キュヒョンの心中は複雑だった。話しかけられた安堵感と、しかし消えない孤立感、自分もそこに君臨できるのかという不安が合わさり胸に拡がった。けれど、助け舟は得られない。ここで気にかけてくれる人間は自分にはいない。自身で打破しなければならない。キュヒョンは素朴な微笑を見ながら、気が遠のくのを感じる。自分の表情はどうなのか、きちんとこの年上のメンバーに笑顔で返しているのか、薄くなる意識の中で、分からなくなってくる。
「キュヒョン、大丈夫?」
続けて話しかけられた声でキュヒョンは我に返り、「はい。すみません」と言った。
「疲れてるな。寝てないの?」
それらはメンバー全員に言えることだったので、「元気ですよ。キボム兄さん」と答えた時、後ろからキュヒョンは肩を掴まれた。
「どした」
落ち着いた微笑のメンバーよりも、緊張する相手に肩に手をかけられ、キュヒョンは心臓が止まるかと思った。
撮影用に茶髪を若干立たせたイトゥクは、メイクのせいで目つきの怪訝さを増している。眉が濃く描かれているからかもしれない。「大丈夫?」「疲れてる」という言葉に反応したのは明確で、キュヒョンは体を強張らせながらもメンバーの健康状態と撮影の進行に影響するのかどうかを瞬時に判断しようとするその姿勢は、称賛した。今撮られたばかりで、額と素肌の上にそのままジャケットを着る衣装のせいで胸元に汗が滲んでいる。
掴まれた肩を引かれながら目の前で覗き込まれる。
「キュヒョン、どうなんだよ」
叱られるようなことはしていないのに、突っ立っていただけの自分にも冷や汗が滲む気がする。やはり疲労と睡眠不足は深刻だとキュヒョン自身も思ったが、「大丈夫です」と何とか声を出せた。
若干の釣り目は笑うと引き連れたような皺ができるのをキュヒョンは知っている。だが今自分に向けられたまなざしは、凶悪犯でも探すかのような険しさだった。しかも、面倒さも混じっている。そして、自分から手を離しながら、
「今日は練習するな。終わったらすぐ帰宅して寝ろ」
と言われて、追及がなくなった安心感からか息を吐きながら「はい」という返事が出た。そのまま恐らく一服しに年上メンバー数人と楽屋に行かれる。別に嫌われているのはいいが、もう少し言い方はあるだろうと、後ろ姿を思わずにらんだキュヒョンに他のメンバーが声をかけてくる。「大丈夫か」とか「練習しすぎなんだよ」とか。気にかけてくれるメンバーはいつの間にか近くにいたこと、しかも囲んでいた全員に声をかけられ、キュヒョンは拍子抜けしたのと同時に感動を覚えた。でも、なぜか目は、スタジオの出入り口に消えて行く後ろ姿をずっと追っていた。


それからそんなに間があかずに、久しぶりの休日ができた。キュヒョンはマネージャーの手を借りることなく、公の交通機関を使い実家に帰った。新入りの自分でももうファンらしい女子が一人、宿舎からずっとついてくる。ただ、他の兄達が出かける時のような騒々しさはなく、気にならない程度で少々だが喜びもあった。人気のメンバーは、自分が加入してからも日に日にファンを増やしているのが、目で認識できる程だった。一緒に仕事に行く時は恐怖を覚えることもある。一般人だった時は大勢の女にもてることに憧れがあったが、いざ目の前にすると数日でうんざりする。ただ、黄色い声援を浴びることは、慣れればこの先ずっと嬉しいだろうとキュヒョンは思った。はじめての舞台は周りを見る余裕などなかったし、今もそれは続いている。自分のことで手一杯だった。メンバーの中ではまだ会話したことがない人間もいる。早く環境に慣れなければいけない。でなければ身が持たない。キュヒョンは座席に座らずに、気配を消すように隅に立ちながら、イヤホンで自分たちの新曲を聞いていた。歌にはそこまで焦りはない。ただ、頭の中で踊っていた。一曲全て踊り切り、振り付けが完璧だと分かると、ため息が出た。余計な疲労を溜めたかもしれない。そう思ったが、暗い地下鉄の窓に振り返らない後ろ姿がちらついて、また聴くことをやめられなかった。
実家ではアイドルである自分を、やっと少し忘れることが出来た。しかし、家族はキュヒョンの出演した音楽番組を録画していて、一緒に見ようとするし、話題もメンバーのことや、友人はできたかと聞かれるので、その度にまるで他人事のように意識を遠ざけ当たり障りなく答えていた。本当は考えたくなかったが、考えないといけない気もして、その度に焦燥感に駆られる。自分のペースをここまで乱されたことはなく、普段通りになれないもどかしさも煩わしい。仕事の話題が最高潮を迎えた時、キュヒョンは詰められたスケジュールや練習であまり眠れず、一時間ほど眠りたいと理由をつけ、自室にこもった。それは事実だったが、実際は逃げ出したくなったというのが大きかった、そう思いたくはなかったが。
何をするでもなく、ベッドに転がり、見慣れた風景を視界に入れながら、これが日常だった高校生の自分を振り返った。そして、ふとこの前まで交際していた彼女を思い出した。これから忙しくなり、住む世界が変わるという自惚れが混じった自意識の高さからキュヒョンから別れを告げた。高校の中で一番自分の好みで、性格も優しかった。もし、二人の関係が続いていたら、この境遇の愚痴を言えば、きっと励まされ、自分に丁度良い言葉をかけてくれ、癒されているだろうと想像していく。しかし、急に最後に見た彼女の泣き顔が思い出され、自分に都合のいい理由だけで、身勝手な想像をした己に少し嫌悪感を沸き、思考は中断された。しかも、宿舎を一歩出ればファンに遭遇するこの状況で、これから先どうやって恋愛を成就させるのかと眉を寄せる。そう言えば朝に宿舎からついてきた自分のファンはどこまで一緒だったのか、全く記憶にない。そこまで集中していたのかと、脳内で一時忘れていた自分たちの新曲が流れ出した。
キュヒョンは諦めるように目をつむった。整形のダウンタイムもとうに過ぎたのに、何となく瞼の引き連れを感じる。とにかく、慣れだ。時が経てば全て慣れていくのは分かっている。だが、早く解決させないと、精神的な消耗で体がどうにかなってしまう気がする。ダンスレッスンは時間の限りやっている。むしろ体を休めろと言われている。だが、そう言った相手を思い出して、少し上向きで細い煙を唇から出す姿、鼻にかかった高めの声が、こちらを戒める姿を目の奥に見ると、あれは自ら解決せねばならない、一番苦しめられ、重要な壁なのだとキュヒョンは確信してくる。自分の加入はもう決定事項で、既に世にも出ている。相手はリーダーで、グループをスムーズに動かすためにむげにすることはできないはずだ。
話し合うことができるとキュヒョンは思った。







つづく

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