夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「ハーケンクロイツ」東方神起 ヨンファ ジョンヒョン(CNBLUE)ドンへ【『海に沈む森の夢』企画1・東方神起二次小説】


独裁の象徴なのだとそれを、彼が言った。
「脱げ」
大変な事だと誰もが知りながら、滞りなく通過させるのは、日常が支配されている。確かにここはファシストの支配下だと、どこでも噂をされていると言った。
ユノには、聞きなれない言葉だったが、親友はそう言い放ち、良く分かっている顔をしていたと、それだけは。
死んだように動けない放課後に、濃い青に近い冬の夜が灰色の床を明るくさせている、蛍光灯がついた教室が眩いほど狂気じみている。
教卓に腰を掛けた一人だけ高さの違う人間に。
口角の上がった、膨らんだ愛らしい唇から言われたなんて、ぞっとすると思いながら、自分へ向けてではないことに心底安堵している。
最低だ、最低じゃない、最悪だ、最悪じゃない。
自問自答を繰り返しながら、けれど決して声に出されない、全員が。
そんな中。
「全員注目」
また囁かれたように、大人しく響いた。
中学生とは思えない低さの、自分のものは特に弱く高いので、更にそう思った声が出された。
奥二重の細い目の、黒い瞳で、ユノは見た。
窓から青の夜が白い首を満たそうして、蛍光灯の光に跳ね返されている。
震える指で、肌と同じくらい白いシャツの襟元があけられていく。
上から一つずつ、ボタンが外され、華奢な上半身が、下のタンクトップだけになった。
一瞬躊躇われたが、それも脱がれた。
肌寒い位に設定された暖房のせいで、見えない鳥肌が一緒に立ったみたいに、ユノは凝視しながら、身震いした。
そこで中断され自分達と同じく止まり、高さの違う人間が、教卓から手で台を押し下りた。黒板に書かれた名前を背景に、慣れた動きで彼だけが今、この世界を動かしている。
教室を二つに分けるように歩いて行く、向こうに、一番端の後ろの自分と対角線上の最前に座る親友と、ユノは目が合った。眼鏡をかけても大きなチャンミンの目は、いつでも冷めて見ていて、それになぜか、胸が痛くなる。
「ジョンヒョン」
黒板の名前が呼ばれたと同時に、足が止まった。
「まだ着てるじゃん?」
彼より背が高い、白い男の顔を覗き込んで、口元を楽し気に開かせ、大きな瞳も白目も潤んだ、はっきりとした目を向けた。
「脱げ」
少し視線を合わし、向けられた顔が逃げるように俯いて、赤くなっている。
沈黙の中、流れていく時を止めるように、炎がつく。
教室に灯った赤い火が、その手元のライターで揺れている。
「脱がないと、焼く」
机に置かれた白いシャツをとって小さな火と、楽し気な口元の顔の前に並べている。
赤い人間がいつもの如く、泣いた。
しくしくと、すすり泣きが聞こえる。
そのあとにベルトを外す金属音がした。
ユノの瞳は、中央のそこと、向こうの親友を行き来した。
この教室で、異国の人間の彫像みたいな、美しい顔をした少年と青年の間が、真冬に下着一枚になり、ほぼ全員が、虚しんだ。
男しかいなくて良かったとユノは、彼の気持ちになったつもりで思った。
ライターはブレザーのポケットにしまわれ、さめざめとした部屋で、囁かれる。
「まだ、着てるじゃん」掠れた声質なのもあった。
鼻をすする音は意外になくなり、無駄だと、そろそろと手が伸びた。
俯いて、前屈み気味で、また白くなる。
裸の人間が現れた。何度見ていても、一人を除いた全員が目を背けたい表情をし、何人かはそうしている。
「面白いのあるんだ」
その中で、娯楽番組でも見るみたいに、黒髪から裸足を入れた上靴の先まで眺め、更にポケットから取り出した。
ユノは初めてのものに眉を寄せたが、向こうの親友の大きな目が見開かれ動揺が伝わると、何が始まるのだと鼓動が早まった。
膨らんだ愛らしい唇をした端正な顔が、目にかかる前髪や全体的に長い黒髪を揺らし横を向いた。
「鍵閉めてドア抑えといてよ」
言われた人間の目が泳いで、隣の裸の同級生を見た。
ユノと一緒で出されたものの正体が分からず、前に立つ人間と自分とを交代で眺めている彼からは何も答えが出せなかったのか、言われたまま席を立つ。
「もう一人」
反対側に顏が向いた。
密室が生まれ、「後ろ向いて」と、震える華奢な背の高い男に言う。
困惑しながらも、無力さを知っていて、後ろの同級生を見下ろすことになっている。見下ろされた人間が顏を背けた。
「足伸ばしたまま、そいつの机に顔つけろ」
ユノは怯えた表情が良く見えるようになり、胸騒ぎは、恐さに変わりつつある。
誰か叫べば教師が駆けつけると思うのに、声が出ない。それに駆けつけても、財閥の息子は今までも、学校側に関係者がいるようでお咎めはなかった。しかしそれが理由で声が出ないのではなかった。そして、どの教室にも関係者は五、六人はいた。
言われた通りに、上半身を倒そうとして、体勢がどうなるか分かった男が姿勢を直して固まった。
「早くしろよ、ジョンヒョン」
悪気なんてない、仕方ない奴だと出来の悪い弟を見る兄のような優しささえ感じる笑い方をされ、彼はきょろきょろと視線を泳がせ、困惑を深めながらも、机に頭をもたげていく。
悪い予感しかしないとユノは見つめた。
――俺たちは一生分の不運をここで使ったのかも。
初めはからかうくらいで、ユノも何となくみんなに合わせて笑っていた。正義感とか、そういうのをくすぐられるものではなくて、「男子校なのにうちのクラスには女がいるから良いな」そんなものだった。
実際、ジョンヒョンが女に見えたかと言うと、妹のいるユノは全くそんな風に思ったことはなかった。肌が白く睫毛が長い切れ長の目の周りは堀が深くて、同じ国で生まれたように見えず、中性的に見えなくもなかったが、背は高く、何より性別を混同なんかしない。いつもふわりと微笑んでいて、華奢で動きが鈍く、温厚だったのは、クラスで浮いてはいたけれど。
「浮いてるのは、ヨンファの方だ」
最終学年になり初めてできた友人は、体育の授業で同じグループになってから話すようになったが、ユノには彼が一番特別に見えた。今までの友人とは違う、何を自分が伝えたいか、一言発するだけで分かるみたいな、話し方をした。勉強はあまり得意でなくその代わり運動好きで少しお調子者の自分とはタイプが違うが、成績はいつもクラス1、2の出来なのに、真面目一辺倒と言うわけでもなく、驚くほど人を笑わせることも言う。彼といると楽だとユノは思った。小作りな自分とは違い、タイ人のような南国の派手さが顔立ちにある。共通点は背の高さくらいで、チャンミンと自分、そしてジョンヒョンもクラスで高い方だった。
チャンミンと仲良くなり、相手の部屋で、最初のテスト勉強を一緒にしている時言われた。浮いているなら、いつもクラスの中心になっている、からかっている人間の方だと。
言われるとユノはそうかもしれないと笑っていた。
しかし、眼鏡を外した親友がテーブルの上のノートから、うんざりと窓の外に大きな目を向け、「俺たちは一生分の不運をここで使ったのかも。だから高校は楽しくなると良いけど」と横長の唇で呟いた大人びた台詞は、良く意味が分からなかった。
今は、分かっていた。
窓の外は、青から黒になった。
羞恥心で、背後を確認しながら、彼は、全てをさらし終えた。
潤んだ強い眼差しが輝いて、見下ろしている。
「もうこっち向くな」
呟いて、長い指が持っていた小さい透明な容器の栓を捻りとった。始終確認しようと視線だけ背後に向けようとする相手に「これから何があっても動くなよ」と言い放った。
服を着た人間達の中で、一人だけ裸の人間が体を折り曲げ教室の真ん中にいる光景は現実感がなく、ユノは、ただ見つめた。
首を傾げ、大きな瞳も白目も光る目で興味深げに眺めると、持っていた小さい容器をおもむろに、さらけ出された部分にあてている。
驚いた表情で、ジョンヒョンは振り向いた。
しかし、振り向くだけに留めている。だけど、蒼白に近いせいで、色づいて見える唇が「何?」と開いて、今度は体を捻った。
下がった彼の離れた手は、押し潰されへこんだ容器を持っている。ジョンヒョンの柔らかい黒髪と違い、量感のある艶々とした黒い前髪が額で分かれ、間から特徴的な光る目が様子を眺めている。
「何……何……」
ぽつぽつと繰り返して体勢を戻し、直立した裸の男が腹を押さえた。
教室中の眼差しが、異様な雰囲気にそらせずにいる。
「え?」
そう言って、腹を押さえながら顔を上げる。口角の上がった口元が、歯を見せて悪戯っぽく笑い返した。
「あ……あ……」
こめかみに汗が滲んでいる。脱がれた衣服に手をかけたり、二つある教室の入口を見る。
あ、どうしよ、とか独り言を呟きながら白い肩が上下され呼吸が乱れる。ふらふらと揺れる身体に、何が起きているのか殆どの人間が分かっていない。
彷徨った視線は、頼みの綱を探し出したように、目の前の人間をもう一度捉えた。
「服……トイレに」
殆ど聞こえない声で、思いついたまま口にしていることは分かるが、ユノも状況がつかめなかった。なにより、笑みを浮かべている膨らんだ唇は変わっていない。喜々とした顔で、身を守るように身体を縮こませたりする男を観察している。
切れ長の目を見開き、覚悟を決めたよう急いでタンクトップを被り、ズボンを股間にあて踵を返した裸に近い白い同級生が、不自然な体勢で向かって来て、ユノは唾を飲み込んだ。
前屈みで、表情を歪め歩いて来る。
なんで自分にと思っていたが、そうではなかった。
「開けて」
背後に立ったジョンヒョンが、ドアに片手をついていた男に呟いた。
ユノは、突然近づいた標的で、まるで自分が言われたとばかりに男と同時に向いた。教室の真ん中で、愛らしい唇の端を上げたまま、ゆっくり首を横に振るのが見えた。
トイレ行きたいから、開けて。
内緒の交渉でもする、小さな声で呟いていても、こちらを見つめる光る眼にユノは、一緒になって、動けない。
腹痛いんだ。開けてよ。
頼むよ。
全てが明らかになり、思わず席を立った。
良心が耐えられなかったのと、位置的にもしそれがなされたらとユノの体が回避した。しかし、開けてやれよと言おうとして、一番遠い場所から走って来て、
「開けろ」
と間に入った眼鏡の親友が、素早く鍵に手をかけ、ユノは慌てて結託し、押さえる人間をドアから剥がそうと掴んだ。
「あ……」
しかし、小さな声を出して、少しでも見えないようにするためか、白い同級生が後部のロッカーを背にした瞬間。
床にこぼれた。黒ずんだ焦げ茶の、明るい空間に異質な色をして落ちた、排泄物は固体から液体に変わり、噴き出した音を立てて灰色の床に散らばって行く。中途半端に屈んだ体勢で、後ろのロッカーにも少しかかり、白い尻を含めたその一帯の色が変わった。
生々しい匂いが立ち込めた。
声を上げて、泣き始めた男を見て、
「そうか」
と、真ん中で囁かれる。
掠れた声に瞳の方向を移動させる、そんな感じなんだ、と満足げに微笑んだ顔を、本人以外、全員が呆然と眺めた。
あいつがどこまで手出すのか分からないけど、家族に何かされるのが嫌なんだ。そう言いながら、ユノは真冬の寂れた通り道で、語気を弱めていった。
隣を歩くチャンミンの顔が見られずに、俯いてしまう。
嘘をついている。
本当に恐ろしかった。暴力行為も時々あり、単純な痛みも嫌だが、今日の光景は、舌を噛みきり死んでしまいたいと自分なら思うだろう。しかし、それもきっと出来ない。
標的は今のところ一人で、彼の辛さには到底及ばないが、卑怯、薄情、臆病、上手く行けば生涯知らずに済んだ、自身の中でひた隠しにされた場所を見せられ、自分も迫害を受けた気になった。
でも、嘘までついたら終わりだと、少しでも抗おうとチャンミンに向いた。いつもどこか大人びた親友も今日の出来事は大きかったようで、相槌もあまりなく夜道を見つめている。
「ごめん、本当は、俺が怖い」
無表情で歩く友人に懺悔でもする気持ちになった。
「今度は自分がいじめられると思って、それが怖いよ」
「みんなそうだよ」
こちらを見ず、返される。だが、ただ一人、そう言いながら、この人間は今日抵抗したと眺めた。ヨンファは意にも介さなかったが。
眼鏡の下で大きな目が、雪でも降りそうな寒さの夜道を見つめ、俺もそうだよユノ、と。
「でもそんなのできっと、許されないよね」
正義感が強いと、自分を思っていたのに、責められた気がしても可笑しくない人間になっている。チャンミンは自分だけのことを言ったのではないとは分かっている。でも、情けなく、悲しくなった、だけど、怖かったと、ユノはまた思った。理由が分からないほど、とても怖かったと。
親友の言葉が頭から離れなかった数日間、ヨンファは大人しくなったのかと思った。
それは間違いだったと、ユノは橙色の廊下に立ち、気付いていた。
テスト期間中に入った学校は、早々に帰宅する生徒で、まだ夕日が落ちる前に静寂に包まれている。部活動もなく帰っていたが、自分が忘れ物をしたせいで、チャンミンも一緒に取りに戻った。
ドアに手をかけ、聞き覚えのある泣き声と共に耳に入って来た。鍵をかけてはいないことが僅かな隙間で分かり、それは、見られても良いとヨンファが思っていたからだと、嫌気のさした顔で親友が帰りに吐き捨てた。
「しごけ」
黒い瞳でいっぱいになる奥二重の目でユノは、隙間を覗く。
燃えるような色の窓の外を背景に、佇んでいる華奢な白い身体が見えた。一つ席をあけ、机に腰を掛けた、きちんとブレザーまで着ている姿も。
「もう、許して下さい」
空と同じくらい赤い顔で俯き、涙を拭っている。
「許さない。早くしないと、誰か来させる」
足を組んで、膨らんだ唇で笑う。
慌てて、白い脚の間で黒々と生えた毛からくすんだ色をして、力なく垂れているものに、手が伸ばされ、ユノの顏はそらされた。
終わらせないと。だが、やはり怖く、方法は分からない。
良く小さいと言われる顔で、後ろの親友に振り返ると、その位置からでも見えたのか、濃い眉を寄せ、視線を下に泳がせたあとに「行こう」と言われた。
「自分達の前でさせられることになったら、可哀想だから」
癖のある硬い黒髪を乱暴に掻いて、他にも何か考えているのか、遠くを眺める大きな目の親友をユノは伺いながら、焦燥感に駆られた。同級生に使うようになった敬語は、服従の証だろう。
でも、終わらないかもしれないとも思っていた。
一番怖いと思った日も、先に帰るかと思いきや、潔癖な親友が「清潔とは思わないけど、大丈夫」と率先した清掃も終わるまで見届け、最後の方はクラスメートと談笑までしていた。そして、ジョンヒョンよりも、自分達よりも遅く残っていた。酷いと、あの時皆が思ったはずなのに、ヨンファがあまりにも普通にしているから後半はまるで忘れている連中が何人もいた。
しかし、自分も同じだと思った。男なのに、泣きながら帰宅したジョンヒョンに声もかけられなかった。
あいつは可笑しい。どこかが狂っている。
自分に助けられるのだろうか。
夕食にも喉が通らず家族に心配されながらユノは思った。焦る心臓を抱えて考え、しかし、答えが出る前に時が来た。
テスト週間が終わった。
青い夜が来て、それを書いて黒板に背を向けて立つと支配がはじまる。全員が諦めて席についた。
「今日はどうしようか、ジョンヒョン」
蛍光灯が、しっとりとした黒髪もつるりとした肌も輝かせている。
そして、大きな瞳も白目もはっきりした光る目が、一人真ん中で立つ彼を見ると、ユノは反射的に、自分の席と一番遠いチャンミンを見た。
冷ややかな眼差しを向けている、彼の雄姿を思い出して、ユノはがむしゃらに席を立った。
静かだった教室に起きた反乱の音に、ヨンファ含め全員が注目した。
「もうやめろよ」
「お前妹いたよな」
愛らしい、膨らんだ唇が口角を上げた。
やめろと言った下唇の出る小さな口を閉じないまま、呆然と細い奥二重を拡げたユノに、「早く食べなよ」と、夕食が喉を通らなかった自分を叱る近所でも評判の可愛い妹の顔が浮かんだ。
黒い横髪をかき上げながら、初めてかもしれない、こちらに向いて、
「明日にでも、落として、処女じゃなくする。それから捨てる」
緩やかに鼻筋の通った整った顔で微笑んだ。
それから、教壇から足を踏み出した。
いつもと違う道のりで教室を分けて近づかれる。ユノは息を呑んで、「今日でも良い」と前に立った、五センチほど低い身長の人間の、光る眼を正面で見た。
処女なんて言葉はつい最近知り、やっと一人でするのもを覚えたくらいで、言っている意味を理解するだけで時間がかかった。そんなことさせるわけがないと、自分にも幼い妹にも思い、今直ぐにでも殴り掛かりたいのに、どこかにある恐怖がユノの動きを止めてしまう。自分の妹をいつか可愛いと言った斜め前に座る幼馴染のドンへもこちらを向いて青ざめている。
ぞっとする発想を、できるわけないと思いながらも、この同級生には決めつけられない何かがあった。もし、するなら、今ここで殺すしかないかもしれないと、ユノは遅れて正気に返った気がした。
「そんなことさせない」
「邪魔したら、する」
まるで、相手がいなくなったように視線を落として、目も合わさず呟かれる。自分の怒りも気にされないことに、ユノは目を疑う。しかし、
「それとも」
変えて欲しい?
と光る眼が向き、そのあと、顔ごと背後を見た。
黒板に書かれたそれを。
ユノの瞳は、白い名前を映し、そして、いつもは冷めている大きな目を見開いている親友を映した。
独裁の象徴だとそれを、彼は言った。
自分に小さく首を横に振る、友人を瞳に映し「許されないよね」と、もうこれで責められないとユノは思った。
助ける方法は、ずっとあった。
だが、こちらに振り向きながら、ブレザーのポケットから出される。
片手でユノがあの時机の上に置き忘れた辞書を持ち上げ、もう片手で炙る位置で付け、「なあ、次はお前がしごく?」と言った人間の、ライターの炎でより輝いた目を見ると、恐怖は出た。
でも、「嫌だ」と泣き声が上がる。
同時に消され、光を変えた眼は、慣れた早さでいつもの標的を捉えた。変えたのはきっと火のせいでなく、脅迫ではなくなったからだとユノはどこかで、分かっていた。
「嫌だ」
真ん中で泣く。
赤い顔で俯き、切れ長の双眸から涙をこぼしている、今日は裸ではない美しい同級生が、はじめて唱えた抵抗を、ヨンファ含めほぼ全員が見た。
ライターはいつの間にか収められ、彼を見つめる黒い瞳も白目も潤った目が今、光を失ったのをユノは目撃した。少しうつろに捉えられている白い男が、
「俺だけにして、ヨンファ」
と涙を手で拭いながら続けると、無表情にそちらに顔を向けたまま、辞書は元から持っていなかった如く落とされる。ファシストと、誰かが言った人間が動いた。
息を潜め全員が見守る中、素早く教室を分けて、泣き顔を両手で掴んで、顏を近づける。
濡れた切れ長の双眸が見開いて、愛らしく膨らんだ唇が自分に押し当てられているのを知ると、目蓋を閉じて応えた。
この独裁は、一人にだけ。
黒板に書かれた名前は最初から、彼だけだったことを、唇まで開かれ、教室の真ん中で、音までさせてキスをしている二人に、息をすることも忘れ、全員が知った。
誰もいないように、夢中で口づけ合っている人間達に、本来の意味を取り戻していく。象徴だったそれには、恐らく、幸福の意味が含んでいることを、ユノは本能で感じ取った。
しかし、まだ怖かった。
続いている恐怖は、自分自身から出ていると気付いた。
親友も、どこかで分かっていたのかもしれない。大きな目で、男同士でキスをしている同級生を見る眼差しは、やはり冷めている。
いつもそれに胸が酷く痛んで、ユノは、怖くてたまらなかった。





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