「そういうこともある 4」ユノ×チャンミン
~Cside~
土曜日、本屋をぶらぶらしていたら、後ろから声をかけられて、驚いた。
「久しぶり」
「あ……久しぶり」
何となく気まずいのは、最後に見た時の顔が二人とも笑顔ではなかったから。
「元気?」
でも今は、そう言って僕に笑った。
僕も微笑む。
「うん」
「何見てるの?」
隣から覗き込まれた。
「ああ、楽譜?」
「そ。最近全然弾いてなかったから」
「そっか」
少し背が低い。出会った時はそんなところが微妙で、もっと男らしい男がいいとか思ってたな。
「なあ、飲み行こうぜ」
でもそう、中身は結構男っぽかったんだ。
9号線に乗り換える。
休日に見ても汝矣島と、その近辺の風景はなぜか懐かしさを抱かせる。
毎日これで通勤しているからじゃなくて、川幅のある漢江が季節ごとに少しずつ流れを変えて行く様子、日が落ちて、オフィスビルのエメラルドグリーンにオレンジ色の外灯が灯っていく、人工的で何も変わらない様子との対比が、いつも自分をどこかセンチメンタルな気分にさせる。
「変わらないな、お前は」
隣を見た。
「そうか?」
「ここら辺通ると無口になるよ」
ふと笑う。人はそんなに簡単に変わらないものか。
「久しぶりだな、鷺梁津なんて」
会社見学の時、家族と来て以来かな。
「こういうの見ると、元気出るよ」
駅を出て直ぐに渡る陸橋からもう水産物の香りがする。
思わず顔を見合わせた。
「いいだろ?」
「うん」
二階から見下ろすと市場を照らす沢山の電球と赤いシェードを上から覗くことになる。丁度活気がある時間帯なのかもしれない。
早速下りて、今にも逃げていきそうな魚介類の跳ねる生け簀を見て回った。
「どれにする?」
「鮑がいいんじゃん?」
鮑か。赤貝もいいな。
「ハタが食いたいな」
ハタか。僕は蟹かボラでもいいかもしれない。
「時期じゃないぞ、平目にしなさい」
目をつけた店の店主に言われて平目と鮑とユムシにした。
あらの鍋を二階の調理してくれる座敷の食堂で待つ。
「恋はどうなの?」
早く来た刺身を目の前にして、焼酎を注がれた。
「何となく好きっぽい人がいるけど、上手くいきそうにない」
あの人は今日、どんな休日を送っているだろうか。
「頑張れよ、やるだけやらないと」
綺麗に半円を描いて微笑む。その笑顔も変わらないと思った。
「上司の人なんだ。すごい僕に良くしてくれるけど、多分そっちじゃないから」
摘まんだキムチがまずくて顔をしかめた。焼酎をあおる。
「確かめたわけ?」
僕につられるようにキムチを含んでしかめ面をした。
そう、しょっぱいんだよな。
「そんな勇気無いし、社内でそれはしないよ」
噴き出して笑いながら言う。
「でも、俺も上手く行かない。この前振られた」
「あ、そうなの?泣きついた?」
まだ少し笑いながら、お互いのグラスに酒をつぎ足した。
「いや、諦めた。もう次見つけてたんだよ相手。その時、思った。『脇役だった俺おつかれ』って」
ぐつぐつと唐辛子の赤が溶けて煮えている鍋が間に入った。
湯気を眺めながら、上手くいかない自分達の恋も、こうやってひとまとめにすれば美味しく頂けるだろうか、と思った。
「勝手に決めてんなよ」
「おい、やめろ」
隣の席の酔っぱらいが割って入る。酔っぱらいの友人らしい人が止めたけど、気にせず僕の隣に真っ赤な顔で近づいた。
「ごめん」
友人らしい人が僕に謝った。
「あのねえ、リアルな人生は、ドラマや映画みたいに必ずしも判を押したような奴らがくっついたりしないんだよ!結構驚くような奴らがくっついたりするんだよ。だから最後まで分かんないんだ」
「やめろって、マジで」
こっちにまで来て、その友人らしき人が、僕とその人の間に入った。自分達の話をそんなに聞かれていたのが恥ずかしい。まあこんなに距離が近いんだから仕方ないけど。
でも、すごい酔っ払ってるけど、いい言葉かもしれないと思った。今の僕には。
それから、
「俺は、そう信じてる」
と、僕に言ったその酔っ払いの、力を失ったような、正気を取り戻したような顔が印象に残った。
市場もそろそろ閉まる頃、僕たちはまた駅にいた。
もうこの時間になると、殆ど人はいない。
「酔っ払い面白かったな」
「そうだな」
あれから、すぐ帰って行ったけど。
「俺はやっぱり諦めるわ。次行くことにする」
「僕は、今日メッセージ送ってみようと思う」
明日、何してますかって。あの人に。
「うん、頑張れよ!応援する」
「そんなに頑張れはしないと思うけど、でもやってみる」
もし休日も会えるなら、会いたいと思った。
「じゃあ、俺こっちだから」
「うん。僕はこっち」
そうだよ。好きでいるのは別にいいだろ。
自分だけの恋を始めてみるのもいいかもしれない。
遠ざかっていく、駅のオレンジ色の外灯を眺めながら思う。
そんな良い一日だった。
つづく