夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「WAN!WAN!PANIC!!1」ヒチョル ジョル


お台場、某テレビ局の一室。



なぜか俺は二人の中年男に頭を下げられていた。頭頂部が一人は禿げ上がっていて、それを何も言わず眺めていた。



二人同時に顏が上がったけれど、特に息を合わせていたのではないだろう。



そのうちの一人が言った。



「ヒチョルさん、すいません。教育番組なんで」



それと視線を合わせながら、俺は分かっていたこととはいえ、「それが真相かどうか、確かめるのが先だろうが」と無表情で思っていたけれど、


「分かりました」


と、だけ言った。


俺の表情が怖かったのか、怯えたような目で、腰をかがめたままこちらを伺うから、仕方なく、と言うか、もっと後で使うことになるだろうと思っていた台詞を、ここで使った。


「一年間ありがとうございました」


言いながら頭を下げた。


つまりそんな短い会話だったのは、話すことがお互いなかったからで、「本当にすいません」、「またほとぼりが冷めたころにでも違う番組で」とか、まるで犯罪者扱いの捨て台詞を吐いて、逃げるように会議室から出て行かれた。


どうせマネージャーと話がついているんだから、形だけのものとは分かっている。顔だけ横向くと、窓から真昼の汐留の風景が一望出来る。


高層ビルと、微かに覗く海。


ストレートにしたばかりの色の抜けた髪だけがヘアメイクの力で綺麗で、20代後半になった疲れ切った俺の顏は、化粧も落としてしまったせいで、何となく芸能人には見えないような気がした。汐留と、自分の顏。それを交互に見据えて、もしかしたら、本当にこれで芸能人じゃなくなったりして、なんてことも考えた。



メディアから受けた、初めての制裁だった。



「俺、もうカミングアウトしていいと思うんだけど」



思い切り煙を肺に入れて、吐き出しながらマネージャーの隣に顔を出すと、運転席でマネージャーが顔をしかめた。いつもは気にするけれど、苛立っていた。



「ダメだって分かってること言わないで下さいよ」



舌打ちしながら手を伸ばして短くなったものをフロントの吸い殻入れにもみ消す俺を見ず、前だけを見てマネージャーは続ける。



「ご家族にも口止めお願いしますよ」



一本でやめるつもりだったのに、リュックからもう一本取り出した。言われなくても俺の両親はそんな馬鹿じゃないこと、それともう一つ思い出した。



「俺、じゃあ実家帰るわ」



マネージャーがフロントミラーで後部座席の俺を見る。



「そうですね。一か月なんてなかなかないですから」



「そうかな」



と言って火をつけずに、煙草をくわえたまま窓の外を見る。すっかり夜になった汐留が流れて行く。俺がした返事の意味をマネージャーは分かっていながらそれに何も言わないのに怖さを覚えながらも、俺の頭の中には違うものがいっぱいに入り込んでいた。



「羽田向かって」



「はい?」



「今から帰る」



「え、ヒチョルさん、これから社長が」



「もういいだろ、話は。歌舞伎町行くなってだけだろ」



いえ、今後のスケジュールもと狼狽えた声が聞こえる。渡り始めたレインボーブリッジのオレンジの照明がちらちらと自分達の顔にかかる。


「危篤なんだよ」


フロントミラーに目を向けると、ぎょっとした眼鏡の奥の目と視線がぶつかった。


「だから向かって」


羽田の、国内線ターミナルに行く途中でマネージャーが愚痴をこぼしている。こういう時、年の差があまりないのが出ると思った。エスカレーターの向こう側から下りて来る人間達が俺を凝視している。サングラスだけじゃなく、帽子も欲しいところだった。


「犬って……」


前を行くマネージャーが脱力している。


「犬も危篤になるだろ」


ワックスつけすぎの短髪の後ろ頭を眺めながら言うと振り向かれた。


「とりあえず、帰っても変なとこ行かないで下さいよ」


変なとこって何だよと、俺が新人に近いのもあるかもしれないけれど、あけすけに物を言う人間に、自分も慣れたもので何も応えないまま、ターミナル口に着いた。


青いダウンジャケットの三十路前の眼鏡男に、「んじゃ、行って来ます」と、その横を通り抜ける。


「ヒチョルさん!」


この時期に席を確保した、これでも有能なマネージャーに振り返る。まあ、今回はファーストクラスだからなのと、運が良かっただけだけど。


「ちゃんと帰って来て下さいよ!」


慌ただしい年の瀬の空港を背にしょった姿を眺めながら、こんなところで名前を呼ぶなんて前言撤回だなと思った。奇跡的に人は近くにはいなかったけど。


「彼氏作って帰って来るよ!」


目を真ん丸にして、青ざめた顔で口を開いていくのを見て、踵を返して俺は歩き出した。
やっと笑えた。



「良いお年を!」



また後ろから言われて、笑っていたのをやめて振り返る。手を振っているマネージャーに、片手を上げた。



「なあ、ヒチョル君」



「なんや?」



「何でヒチョル君はヒチョル君言うの?」



小学五年生の時、鶴橋から引っ越して、新しい小学校で馴染めずにいた俺に、もう名前も覚えてないやつが、下校中に話しかけてきた時だった。
近くの団地に住んでいた奴だったかもしれないし、違ったかもしれない。大阪の北に位置する千里中央には桜が咲いていた。
春だった。



「何やその質問」



「だって日本の名前ちゃうやん」



「じゃあ、お前の名前は日本人以外絶対誰も使わへん言えるんか」



そいつの記憶も、その日のことしか覚えていない。同級生なんか、国がどうこう、名前がどうこう言う前に、まず話が合わなかった。
でもそいつが偉かったのは、その時、俺の犬をあの境内で見つけたことだ。



「……ヒチョル君。今、犬の声せえへんかった?」



あの後、なぜかうちの前までついて来られて「ヒチョル君がクラスで一番美人や」と言われたことぐらいで、小学校の同級生なんて覚えていない。別に問題なかった。
あの日に、俺は一番の友達が出来た。
絵に書いたように段ボール箱の中に入って、こちらに気付くと小さな尻尾を振った。


――ジョル。

俺の名前と同じ、母親の国の言葉でつけた。
柴犬のようだけど、問題ない。
16年間、一番の友達だった。
最後の3年間は、年に1度も会えなかったけど。



「あんたなあ、連絡しいや!」



ずっとジョルに付き添って疲れているだろうにも関わらず、きらびやかなカバーのかけられた白い壺を呆然と見ている俺よりも元気な声をしている母親に、がちゃがちゃと音を立てながらご飯の用意をされる。


「母ちゃん。俺、飯いらねーって」


テレビ台の前で、テレビの横に供え物のドッグフードと一緒に置いてあったそれから、後ろの食卓に向いた。


「すっかり東京弁になってしもてるわ、この子」


変わらないライオンみたいなパーマのかかった髪に白髪が混じっている。化粧もしてないと皺も深くなって、最近は芸能人しか見ていなかったから、寝間着姿の自分の母親を見て年取ったなと思った。


「あんたのこと最後まで玄関で待ってたんやで。母ちゃんまで付き合うてたから寒うてストーブ玄関置いてたんや」


仕方なく口をつけていた食事をつついていた箸が止まった。元から腹が減ってなかったのもあったけれど。
まだ白米も湯気の立つ味噌汁も昔からよく食っていたおかずも半分も減っていないけれど、だめだった。


「ちょっと、出て来る」


急須で茶を注いでいた母親の前で、箸を置いて立ち上がった。


「はあ?何言うてんの?父ちゃんもう帰ってくるで」


すぐ戻るからと言った声は涙声になっていて、母親がため息をつきながら、ちょっと笑ったのが分かった。「あったこうして行きや」と背中で言われながら、久々に帰った団地の実家から1時間も立たず飛び出した。


自分が住んでいた頃とは所々変わっている外の景色を目にしながら、駆けた。駆けながら赤いコートにサングラスの俺は悪目立ちし過ぎるだろうと思いきや、深夜は人が少なくて、寒空の下、走りながらサングラスも外してしまった。目的地について、涙も拭った。


池に面しているここは変わっていなかった。白い息を出しながら、昔からある神社の前に俺は立っていた。深夜は、人通りがないどころか、寒さも相まって物々しい雰囲気もする。昔のままの舗装されていない階段の上に鳥居が見える。あの奥がここの境内だ。


俺は見上げながら、また涙を拭った。良く人から白いと言われる自分の顏は血色良くなっているに違いない。


いつも俺は言っていた。小学生の時も中学生の時も高校生の時も。
ここでお前を見つけたと。
ジョルは散歩中、いつも俺の顔を見ていた。最初は駆け回って大変だったけど、躾けてからは本当に頭の良い奴だったのが分かった。
いや、でもずっと駆け回っていたか。リードも良く俺の足に絡んでいたし。あいつやっぱり頭悪かったのかな。
茶色い毛の黒い丸い目で。寝る時も俺のベッドに入って来て良く追い出されていた。


「う……」


涙が湧き出る。
ついこの間まで、何もかもすごく上手くいっていると思っていた。
大阪でスカウトされた事務所の言うまま東京に住んで三年、とんとん拍子で売れて来て、仕事も休みなんてなくて、最初は音楽がやりたいなんて思っていたけれど、タレント活動出来るだけでも十分だと、最近は入って来る額も莫大で。
それが……一つ崩れるとドミノ倒しのようになって。
まだ大丈夫なはずだ、とか。仕事だから仕方ないとか、そんな自分勝手なことを考えて、とうとう俺は一番長い付き合いの友に、待ちぼうけさせた挙句逝かせてしまった。
涙も鼻水も次から次に溢れて来る。
今でもあの鳥居の下からこちらを茶色い小さな姿が嬉しそうに見下ろさないか、見ているのに……
俺はどこかで選択を間違えたのだろうか。


「ジョルーー!!」


真っ暗で、白く浮かび上がる鳥居以外何もないそこに呼び掛けても、勿論出て来てはくれない。
俺は涙を流したまま、愚かな自分にふと笑った。でも……


「ヒチョル?」


声と共に俺は動きを止めて、眉を寄せた。何もないと思っていたところから、現れた。
年の瀬の寒空の下、白い鳥居の下からこちらを見下ろす、ーー人間だった。
ダウンジャケットにジーンズの、見た感じはどこにでもいそうな……学生か。結構イケメンだ。長い目の犬みたいな顔だった。
しかし、良くないことにどうやら俺を知っている。
地元出身のタレントなんだから仕方ないけど、こんなところで泣きながら叫んでいたなんて言いふらされたら……
うんざりして斜め上の、東京よりも星が良く見える夜空に顔を向ける。


「ヒチョル!!」


また呼ばれて返事もせずに立ち去ろうと背を向けた。


「僕、ジョルだよ!!」


その足を一応止めた。
俺は階段状になっている坂の上のそこを、もう一度見上げた。
男が、三メートルくらいのそこから一気に駆けおりるかと思いきや、飛んだ。
思わず、俺は腕を拡げる。
目を丸くしながら、伸ばした俺の腕の中に、男が飛んできた。
おおと唸るように声を出した俺にぶつかって、一緒になって、転げた。
目をチカチカさせながら仰向けで倒れ込んでいる俺を、四つん這いになって見ている。



「ここなら来てくれると思ってた!!僕、来てくれるって信じてたから!!」



そう言って、俺は、その男にキスをされた。
というより、口中舐められた。


「ま……」


待てって!と俺は我に返って、自分の顏に降って来る顔を手でどけようとする。


「会いたかった!!ヒチョル大好き!!」


繰り返されながらそれでもやられる。


「やめろ!おい、やめろ!」


「ドンへ?」


声がして、俺も俺の上の男も動きを止めた。
その方を見た。
なんだあれ。
紺色のコートを着た、どこのモデルだよってぐらい高身長のイケメンがそこに立っている。

いつの間に、この神社はタレント事務所になったんだ。


「ドンへ、何やってんですか?レイプ?」


さらさらの黒髪にでかい目を更に大きくさせて、こちらを唖然と見ている。一緒にそっちに目を向けていた男が、俺の方に向き直って、何も気にせずさっきのを再開させた。


「ヒチョル!!大好き!!会えたの嬉しい!!」


「やめろ、やめろって!ドンへっ!!」


イケメンモデル男が言っていた名前を出して止める。


「違うよ!ドンへじゃないよ、僕ジョルだよ!僕はこの人に、体借りたんだよ!!」


俺は手で防御しながら目を見開く。横で唖然と突っ立っている男を見ると、同じくそんな顔をしている。



「イ・ドンへ。大阪外大四年……」



学生証の顏と、にこにこと隣にいる顔を見比べた。あまり見つめると今にも飛び掛かって来そうだったから、学生証を持った手を膝に下ろして、「で、そっちは?」と、正面を向いて、もう一方の隣の男に声をかける。神社の境内に男三人並んで腰かけていた。


「阪大二回生……」


シム・チャンミンですとぼそぼそと言われる。俺は呆けた顔で正面を向いたまま、「このドンへはお前のー……」と、聞いた。
でも、続けないから、もう一回、


「のー……」


と言い直したら、諦めたような溜息のあとに、


「……元彼です」


と、ぼそっと返って来た。


俺はしばらく黙ってから、天を仰いだ。東京より澄んだ空を眺めて、そして「じゃあなに」と言いながら、また正面に向いた。遠くに、千里ニュータウンのささやかな夜景が見える。



「お前の、元彼の中に、俺の……犬が入ってるってこと?」



間が空いて、



「そうですね」



と、ぼそっと返事が返ってきた。











🐾つづく🐾





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何となく書いてみたもので、気まぐれに更新するかもしれません。

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