「DOWN TO HELL 1」ユノ×チャンミン
*単語と文体を原作に似せておりますが、文章は全て変えてございます。芥川龍之介「蜘蛛の糸」より
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「母の話をしようかと思います」
滑らかな様は平たく出来ております真珠のようなものでございましょうか。
その上に乗っておりますものがぽつと呟いたのでございます。
透き通る衣の裾下に、鏡の様な蓮池が拡がっておりました。
そのふちにお腰をおかけになられまして、お釈迦様はお掌の上のそれにお耳をお傾けになられたのでございます。
蓮の花からだけではございません。辺り一面に立ち込めておりますよいにおいは、極楽のもの特有のにおいなのでございましょう。
「あれは母が己を産み落としました時のこと」
淡い桃色の唇の端をすいとお上げになられまして、お釈迦様はそのものをお眺めになっていらっしゃるのでございます。
「兄弟はみな火の子の如く消えていきます中で、己だけ硬くなっていく母をぼんやりと見ておりました」
これはこの池の蓮に住んでおります美しい極楽の蜘蛛なのでございます。
お釈迦様はこの蜘蛛とお戯れになる時が、何よりもお心が休まられます一時なのでございました。
「すると一人の男が己が母を掬い上げ、その亡骸をそこにそっと埋めたのでございます」
「それは良いことだね」
「はい、お釈迦様。ですがその男は、今この池から見えております界で、苦しみに耐えているのです」
お釈迦さまは嘆息をお漏らしになりました。それはこの蜘蛛が毎日この蓮池の底を眺め、心を痛めておりましたことをお気付きになっていらっしゃったからでございます。
その蓮池は、唯一この極楽からそこを覗くことのできる境界なのでございました。
「お釈迦様、己はあの者を助けとうございます」
いつかこの蜘蛛がそう言い出しますことを、お釈迦様は分かっていらしゃったのでございました。白いお粉をおまぶしになられたようなお顔をお悲しそうになされまして、お釈迦様はしばしの間、お口をお閉ざしになられました。
聞こえますのは、蓮池のせせらぎと、極楽の木から甘い果実の落ちる音だけでございます。
そして、
「好いておるのだね」
と、お心をお決めになられましたように、おっしゃられたのでございます。
「はい、己はあの男を好いておるのです」
「あそこへいったものには罪があるのだよ」
「はい、知っております」
その男は、妹を助けるために人を殺め、自らの手で命を絶ってしまったのでございます。
「それでも己は、あの男を助けとうございます」
「分かっておるね?その底についてはいけないよ」
「はい、分かっております」
お釈迦様は、溜息を一つおこぼしになられまして、そのお膝元の澄み渡っております透明な水の面に、平たい真珠のようなお掌をお掲げになられました。
その水の向こう側には醜悪な魍魎達と紅蓮の炎が蠢いて見えております。
「それではチャンミン」
蜘蛛の名前でございます。
「気を付けて
――落ちるのだよ」
「はい、お釈迦様」
美しい極楽の蜘蛛はそう言いますと、そのお掌からこぼれるように転がったのでございます。
音もなく蓮池を通り抜け、何事もないように、その真白い腹からすす、すすと虹色の細い糸を出していきました。
そうして阿鼻叫喚の待つ、
その底へと、下がっていったのでございます。
To be continued.