「DOWN TO HELL 2」ユノ×チャンミン
殆どが火焔に巻かれているのでございますから、その熱さと言ったらございません。
眺めます様はこの時まさに生まれた岩漿とでも言うのでございましょうか。
炎の大津波に飲まれて尚、中で身を焦がすことの出来ぬ亡者が呻いておるのでございます。
熱気に押されてゆらゆらと浮かびながら、真白な蜘蛛は下へ下へと降りて行きます。
波の狭間に見えます物は、泡立てて横たわる大きな血の池と火の塊に照らされて光る針の山でございます。
その底が見えて来ますと、音を立てて燃え上がる業火の切れ端が、蜘蛛の躰を掠めて行きます。
しかし、ここで焚かれた熱はこの世のものではない如何なる躰をも痛めることはできないのでございます。
炎の間を縫うようにして、ただひたすらに糸を吐き出しては、美しい蜘蛛は男の元へと落ちて行きました。
ところで一方、血の池で他の亡者と一緒にもがいておりました男は、他のものと同じく、その苦しみに疲れ果て、当の昔に正気を失っておるのでございます。
上を見れば化け物の様な猛火が渦巻き、横を見れば、底も見えぬ赤い池から土気色の亡者が飛び出るのでございますから、何もかもがここに鋭気を留めておくことが出来ないのでございました。
池の血がその肺を満たしましょうが、その口と鼻を塞ぎましょうが、二度死ぬことは叶いません。ただただ苦しむばかりなのでございます。
そしてその辛苦から少しでも逃れるために、その志とは関係なく至極自然に足掻くだけなのでございます。
そんな男の元に、何千里もの糸を繰り出して、極楽の蜘蛛は現れたのでございます。
まるで宵の明星のように、陰鬱としたこの地獄の底に、白く輝くその姿を覗かせたのでございます。
もがいております男の頭上で揺れながら、蜘蛛は懸命に呼びかけます。
「貴方様、貴方様。どうぞこの糸にお掴まり下さい」
虹色の細い糸が、その躰がなびく度に道筋を照らす如く、きらきらと光っているのでございます。
「貴方様、貴方様、どうぞお掴まりになって下さい」
蜘蛛はあらん限りの声を振り絞り、虚ろな目をして手足を動かしておる男に叫びます。
しかしいくら呼び掛けましても、男はそこにおります全ての亡者と同じくして魂のない目を動かすだけなのでございます。
恐らく生きていた時分には整っておった顔立ちも、今は力なく弛み生気を失っておりました。
それでも蜘蛛は呼びかけたのでございました。
ですが、その声は煤煙と共に、何者の耳にも入ることなくこの灼熱の地獄界になくなっていきます。
とうとう蜘蛛は、叫ぶのを止めに致しまして、その頭上を見上げました。
煌めく細い光が繋げております遥か先の極楽浄土を、見上げたのでございます。
きっと自分の様子を逸るお気持ちでお眺めになっていらっしゃるお姿を思い描きながら、蜘蛛は少しばかりの寂寞を胸に潜め、そっとその輝く糸を、
―――途切れさせたのでございました。
ぷつと音を立てて切れますと、真白な躰は花弁の如くひらりと舞い落ちたのでございます。
小さな躰がふつふつと泡立つ血の池に潜ったその時でございました。
その蜘蛛の容が、あれよあれよという間に変化したのでございます。
長く肢体をのばし、黄金でも中に入っておりますように光を放ち、
満月でも掲げておりますように照り輝き、
その美しさ、おおよそ人のものには見えない様子でありますのに、
それは紛れもなく人の容なのでございます。
そして、蜘蛛が容を変えたその刹那、頭上で垂れておりました虹色の光の筋は、色を失ったように消えていったのでございました。
To be continued.