「Moon stories 3」キュヒョン×イトゥク
*続き物なので一話からどうぞ。
「薬草だよ。薬草だよ」
頭上に大きなハサミを突き上げて、器用に箱を持って来る蟹をキュヒョンは無視した。言わなくても分かっているのに、おどけて言っているのだ。でも無視をするのもキュヒョンなりの冗談だった。それを蟹も分かっている。
「ひと箱下さい」
優しい相棒が乗ってやった。
「今日は早いね」
蟹が今まで挽いた薬草を回収しながら言った。確かにもうそのひと箱で今日の仕事は終わりだ。いつも遅くまでしているゲームを昨日は止めて早く寝たのが功を奏したらしい。
キュヒョンは独り満足げに頷いた。長い耳が揺れる。早く帰ってゲームの続きをしたかった。
「ちょっと休憩しようよ、キュヒョン」
相棒のイトゥクがほうっと息を吐いた、キュヒョンは続けてやってしまいたかったが、10分やそこら、この年上の優しい相棒を気遣えないほど物わかりが悪いわけではない。キュヒョンは杵を置いた。
「座ろう」
イトゥクが適当にその場に座り込んだ。キュヒョンもその前にしゃがみ込む。蟹もなぜか隣に腰を下ろした。
「早く休み来ないかなあ」
蟹が呟いた。相棒が噴き出すように笑うのを聞きながら、キュヒョンは白い毛で覆われた足元に転がっている小石を、遠くに放った。
小石はぽーんぽーんとそのまま宙に浮かびそうに跳ねた。
「休みが来たらキュヒョンは何するの?」
行ってしまった小石から目の前の相棒に顔を向けると白い毛で覆われた中でふわりと綺麗に笑った笑顔があった。キュヒョンはじっと見据えた。イトゥクは相手が何も返事をしてくれないので、首を傾げる。
「俺は早く部屋の掃除がしたいよ」
イトゥクがまた笑って言った。
「そうですか」
キュヒョンは横をふいと向いて返事をした。
「今日の餅だよ」
蟹はごそごそと持って来ていた箱の一つを取り出して、まだ十分に固まっていない餅を見せた。
「チャンミン元気ですか?」
石の弁当箱にそれを詰めて荷物にしまいながらキュヒョンは蟹に話しかけた。イトゥクも荷物にしまっている。
「ああ、キスしてた」
キュヒョンとイトゥクも手を止めた。
赤い顔をして、困ったように笑いながらイトゥクが「そうなんだ」と言って座った。向こうの相棒が色事に積極的な感じに見えなかったから、遅いだろうと思っていたのに。キュヒョンは冷めた目で向こうに半円を覗かせている青い球体を視界に入れていた。多分、友人はそうと決まれば手が早いはずだ。
どっと疲労が出た気がする。もう薬草なんか自分達でそのまま残りをばりばり食べて、家に帰って、ゲームがしたい。キュヒョンは白い顔を更に白くして立ち尽くしていた。
「お祝いしなきゃな」
座っているイトゥクが呟いた。
「いらないですよ」
その前に怠慢に腰を掛けて、キュヒョンは次に友人に会ったら何とからかおうかと考えたけれど、それよりも敗北感で顔をしかめた。さっき投げた小石を何となく目で探して、それをやり過ごした。
「キュヒョン」
前を見ると、イトゥクが諭すみたいな、その心持を理解した呆れ顔で苦笑いをしている。綺麗な微笑みを見ながら、キュヒョンは更にどうしようもない気持ちになってきた。
暫く見つめ合うと、イトゥクが仕方なく溜息をついて「餅食べるか」と腰を上げた。
「もう帰りたい」
キュヒョンが呟いた。
「だめだめ。作らないと」
蟹が言った。
「毎日作り過ぎなんだよ」
キュヒョンは独り言のふりしてやるせない気持ちを年上達に敬語を使わないことで昇華している。
「毎日ぴったりだよ」
「でも、餅は余ってるはずだ」
口を尖らせてキュヒョンは蟹に言った。以前全員が集まって食事をした時からずっと、その生産量に疑問を抱いていた、けれどいつもなら言わない愚痴だった。
「余ってないよ」
蟹が言う。
「嘘だね」
「余らないんだよ」
何となく含みのある言い方にキュヒョンは、不服さが抑えられて興味に変わった目で蟹を眺めた。イトゥクが相棒の様子が気になったのか、手ぶらで戻って来た。
「お裾分けしてるんだよ」
自分の隣にイトゥクが座って、「少しだけど」とつけ加えた蟹の言葉に、彼の背後を見てから、にこっとキュヒョンに笑いかけた。隣に座られて、笑いかけられて、キュヒョンは白い顔を少し赤くした。そんな相棒を見て更にイトゥクは微笑む。尖った心が丸くなるのを感じながら、キュヒョンもちょっとだけ笑った。
それから、蟹の背後に浮かぶ、大きな青い球体を眺めて、
あともう少し……彼らは一緒に体を休めた。
『Moon stories』END.