「そういうこともある 8」ユノ×チャンミン
~Cside~
最初のデートで観る映画は肝心だと言うけれど、別に僕達はデートじゃないから。
なんて思いながら内心ドキドキしている。
でもこの人が観たい映画なんだし。
それに夏間近で見るには爽快感があって良さそうだ。
でもやっぱり男らしいと思った。
男らしいというかノンケらしいと言うか。
複合シアターには他にも沢山、恋愛ものとかもあるけれど、男二人で観るのは微妙なのかもしれない、
この人には。
「まだ結構時間あるよな?」
そんなことを思っていたら声をかけられる。
「あ、はい」
「じゃあ下の階ちょっと見て良い?」
「はい」
長袖シャツにジーンズ姿のこの人が店内のものというより、店内そのものを少し笑みを浮かべて見渡している。
「あの」
エスカレーターで下から僕を見上げた。
「……面白そうに店内見ますね?」
僕が言うと困ったようにちょっと笑った。
「ああ。うん。昔、来たことがあって」
少し波がかった黒髪をすいている。
「そうですか」
昔っていつなんだろう。
「それから来てないんですか?」
「あ……うん」
気まずそうに笑われた。
そんな顔をされると誰と来たのかな、なんて思ってしまうけれど、映画館なんて色んな思い出があるものだろう。
恋の始まりに使われる代表的な場所だし。
でもその二時間、想い人と話も出来ずに過ごすなんて勿体ないんじゃない?
こう思い出したのは時間に追われるようになってから。
でも僕みたいな人間はその暗い空間で二人で静かに映写機の映し出す光を眺めるだけでも十分幸せだ。
「あ」
そう言って、正面で節ばった長い指が上を指した。
その方向を見る。四つのハート型の風船が白いデパートの真ん中を飛んで行く。自分達のいる三階のエスカレーターから下を見ると一階で風船を配っているようだった。配っていた店員が「しまったな」と言う顔で上を見ている。
赤と黄と青と緑の風船がどんどんと昇って行って天井についた。ふわふわと絡まっていく。
僕にふと笑いかけてから、またそれを眺める横顔を見る。
時々この人はそう言う顔をするかもしれない。
微笑んではいるけれど、寂しそうな。
それを取り除くことができる人が羨ましいと思った。
でもまるでその人物はいないかのようにあんな遠くを見ている。
自分がなれたらいいのに。
「ユノさん」
僕に向いた。
「取りに行かないで下さいね」
僕が言うと笑った。
映画はイマイチだった。けれど、この人は「まあまあだったな」とだけ言った。
「恐竜があんまり怖くなかったですね」
「そうだね」
豚足屋で一緒に頼んだ麺を鍋にいれる。一週間前の仁川と違って、人の多い町の熱気が伝わっているように店内も少し暑い。冷たい麺にすれば良かったかと思った。パーカーの自分も汗をかいて来た。
「ごめん、全部やってもらって」
向かいに座ってこめかみを掻いている。
何となく嬉しくなって、改めて二人でいるんだと思った。
やっぱり話が出来る方がいいかもしれない。
「そう言えばユノさん、料理するんですか?」
箸を片手に鍋を眺めた。
「いや、全然」
「全く?」
この人独り暮らしだったよな、と思い出す。
「うん」
「じゃあ調味料とか全然ないんですか?」
「いや、あるにはある……けど」
またこめかみを掻いて言葉を濁された。
胸を刺されたような痛みがはしる。
何でこういうことに気付いてしまうんだろうか。
「ああ、恋人が……置いてるんですね」
僕は意識的に笑った。
けど全然出来ていなかったと思う。
「いや、恋人はいない」
その顔を見る。
きっぱりと言い切った顔は鍋を見つめているけれど、嘘はついていないように見える。
「そんなに……恰好いいのに?」
思わず本音が出た。
その目が僕を見る。
「あ、いえ」
別に自分の上司を恰好良いって言ってもいいだろ。
ダメだ。早く何か言わないと。
「あ、いえ」
僕は繰り返した。でも言いながら見たその恰好良い顔は、
僕よりも赤くなっている気がした。
つづく