「チャンミンくんの恋人 最終回」ユノ×チャンミン
俺は白いテントの中にいた。
落ちついて、自分の体を眺める。
さっきのは何だ。
体内の衝動は治まっている。
俺に被さっている白い布は、これは。
もがくと、簡単に抜け出た。
抜け出たそこは、
……木の世界だった。
フローリングの木目が向こうまではっきり見える。
布、もとい、俺のタンクトップの絨毯が敷かれている。
でもその視界を遮るように、目の前に大きな二つの青い塊が見えた。
毛羽立ったそれから、巨木のようなものが生えている。上へ辿って行く。毛のようなものが生えている。
首をいっぱいに曲げて見上げると、巨大な顔が、遥か頭上から見下ろしていた。
見開かれた目が恐ろしい。
俺は口をあけたまま、呆然としている体を強張らせる。
落ち着いていた心臓が早鐘を打ち始める。
でも、こっちは正常な反応だった。
自分が素っ裸なのも考えられずに、まるで俺を食う怪獣のように佇んでいる相方と見つめ合う。
いや、見つめ合うというよりもこっちは高い塔を眺めている感じだった。
その口も少し開かれている。吸い込まれそうな穴に見える。
昨日、掃除して貰ったはずなのに、埃がちらちら積もっている。
新しかったユノのスリッパの汚れも気になる。
けど、どれも驚きで声が出ない。
身長16㎝ほどの、俺がいる。
『緊急速報をお伝えします』
巨大な相方と同時にテレビの方を向いた。
けれど、城壁のようなソファーが邪魔して俺は見えなかった。
『先月ソウル特別市近郊で起きた人体縮小化と酷似している現象が、昨夜から日本各地で相次いで起こっている模様です。縮小された方々はいずれも、昨日発売の菓子「恋人のアブラ」を食べており、それも乳製品と一緒に摂取していたということです。調べによりますと、先月ソウル近郊で発売された「脂肪の恋人」の製造元と共同開発されてい……』
「ヒョン」
俺はテレビに釘付けになっている相方に、情けない声で呼びかける。
こらえるように口元を閉じて、相方が俺の方を見下ろす。
俺は見上げたまま、また情けない声を出した。
「ずっと一緒って言いましたよね?」
ユノがこらえていた口を開けて声を出して笑った。叩いた手の音が響く。
こちらを見ながら、徐々にしゃがまれる。
潰されそうで、思わず身を縮めた。
自分の太腿に片ひじを乗せて頬杖をついて見られる。
俺は見上げ過ぎて首が痛くなりそうだった。
面白そうに眺めて、
俺を飲み込めそうな口をユノが開く。
「その前にチャンミン、俺に言うことあるだろ?」
「その前にヒョン、服下さい」
俺は自分のタンクトップを両手でカーテンのように下半身に拡げながら、今までで一番威圧感がある相方に言う。
黒い瞳が思い出すように白目の中で上に動いた。白目に赤く走った毛細血管が見える。
「……着てないの一着しかないけど」
「いいです、それで」
黒い瞳が俺に向く。
「そんなおどおどしないでよ」
「だって恐いんだって!」
俺が叫ぶとユノが鼻で息を噴き出して笑った。
鼻息がかかる。
「さっきの続き、聞きたいなあ」
「この状況で、そんなのどうでもいいです」
仕方なく間に合わせにタンクトップをぐるぐるとスカートのように巻き付ける。けど大きすぎて自分の全長より長いスカートになった。
「チャンミン」
顔を上げると、
口元に余裕そうな笑みを浮かべて、
頬杖をついていない方の手を伸ばされる。
掴まれるのかつつかれるのか、びくびくと恐縮する。
その手の四本の指が内側に曲げられて、
人差し指だけ一本、俺の前に差し出された。
「じゃあ、手繋いで」
ユノを見上げる。どっちの目を見ればいいのか分からなくて視線が彷徨った。
けれど、優しい目が俺を見下ろしていた。
早く、と言う風に指が動かされる。
強張っていた体の力が少しだけ抜ける。
俺は両手で、そっと目の前の指先を掴んでまた見上げた。
「好きだよ、チャンミン」
相方はまた肌が荒れている。目の下のくまも酷い。
忘れようとしなかったから。
恋路には比較的淡白なユノが、俺のことは諦めてなかった。だからこの指からも漂って来てるんだ。
「このまま、俺が小さくても?」
入浴剤の匂いに包まれながら、首が痛くなって来たから、握ったまま上目遣いにしてもう一度相方に目をやる。
でもやっぱりそれじゃあ顎までしか見えなくて、首をそらせて見上げた。
「うん」
大きな相方が、にこっと笑った。
両方の目に視線を行き来させて俺は見つめ合っていることにした。
それから、
自分も応える。
「俺は……」
握ったまま、相方の顔全体を転々と見て行く。
「俺はまだ怖いんで、保留でもいいですか?」
「えええ」
「いや、ほんと。俺の身にもなって下さい」
それどころじゃないから。繋いでいた手を離す。
「大丈夫だよ。そんなのすぐ慣れるって。怖くなんかない」
「それよりマネージャーに言ってよ、ユノ」
「あ」
声を上げて俺に思いついたような表情をした顔も、大きすぎてどこを見ればいいのか分からない。
「キスしたら戻るかもよ?」
「いやいや、一か月経たないと戻りませんから」
わざとらしく言った相方から顔を背けながら、また服作りに精を出す。
頭上で大きなユノの、楽しそうな笑い声が響く。
これで、その目の充血もくまも肌荒れも治るだろう。
俺は隣にユノがいて、あんなに良く眠れたんだから。
それに自分達なんだから、慣れるのは多分そんなにはかからない。
そのあとの俺達には
きっと、また
……予測もつかない恋人の生活が待っている。
and they lived happily ever after!
『チャンミンくんの恋人』おわり
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ありがとうございました。