「チャンミンくんの恋人37」ユノ×チャンミン
マネージャーのしたノックの音と同時にデスクを見上げた。
医療着に白衣も羽織って両手で頬杖をつきながら、
屈んで退屈そうに俺を覗き込んでいる姿は、名医には見えなかった。
ダイニングに移動して、もう見慣れた食卓風景の朝食を取る。昨日の残りのケーキもあった。
「ユノ、食べる時には聴診器外した方がいいだろう」
「あ、忘れてました」
「出る時に置いて行けよ」
「そうするつもりでした」
「一応持って行ったら?」
「そう?」
寮を出る前、テーブルの上で小動物用の小さなケージにユノが入った。
中は柔らかいハンドタオルだけが敷いてあって、見ていると、心臓が酷い鼓動を打った。
体中の血液が下がった気がした。
呆然と眺めている俺を、白衣のユノが見上げた。
「落とすなよ」
そう言ってにっと笑った。
「いや、俺が持って行こう」とマネージャーは言ったけれど、俺が持つことにした。
大きめなリュックの中にケージを入れる時にも、ユノと目が合った。
「車内に入ったら出すからな」
マネージャーの言葉にユノが頷く。
抱え込んだリュックを持つ手が震えた。
このユノを外に出すことは俺にはこんなに怖いことなのかと思った。
「チャンミン、頼むよ」
少し開いたリュックの口から、話しかけて来る声が漏れる。
「分かったんで、ずっと話してて下さいよ」
どっちが小さくなったのか分からない。
変な笑いまでこみあげて来て、ここ最近で一番緊張していると思った。
後部にスモークが貼られたバンでユノを出す。
マネージャーはもう一つ犬猫用のケージも用意していて、その中にユノをケージごと入れた。入口を俺側にして横向きに置いて、タオルケットをかぶせた。
「できたか?」
「はい」
地下駐車場を出ると、自分達が一週間表に出なかったにも関わらず、ファンらしい女性は入口に立っている。
「チャンミン」
呼ばれて、隣のユノを見る。正確には、自分が腕を乗せていたユノの入った檻を見下ろした。
自分達は隠れるように、一番後ろの三人掛け用のシートにいた。
「少し開けて。なんか酔いそう」
タオルケットを俺の側と上部まで少しめくった。
座ったユノが見上げていた。
入口を開けて手を差し込む。
中側の金網に手をあてると、立ち上がったユノが掌で触った。
「実験動物みたいですね」
「そういうこと言うなよ」
ユノは触っている俺の手を眺めがら言う。
自分はその姿を見下ろしていた。
「帰ったらビール飲みたいね」
「俺、もう飲んだらマネージャーに怒られるかも」
最初は病院だった。
「じゃあ、行こう、ユノ」
マネージャーが車を停めて言って、俺とユノが顔を見合わせた。
俺まで出たら目立つから、車内で待機しないと行けなかった。
何も言えずその顔を凝視している俺を見上げて、ユノが苦笑した。
「本当に実験動物だな」
心臓が波打っていた。
「それより白衣以外なかったんですか」
俺は唖然とした顔のまま言った。
「あとナースだけだったんだよっ」
ユノが声を出して笑った。けれどケージごとリュックに入れられる時、初めて不安な目を俺に向けたのを見て、胸が割かれるかと思った。
でも何も言わず、ユノはそのまま黙って行った。
リュックを抱え込んでいるマネージャーが、自分達行きつけの小さな病院に入って行く後ろ姿を穴が開くほど見つめた。
胸が騒がしいまま、うわの空で携帯電話をいじって時間を潰す。
ユノがああなってから離れたのは二回目だったけれど、あの小さい身体が外に出ると言うだけで、以前にはない心細さがあった。
でもそれはユノの方だと、こうなって何度思ったか分からないことを、また思った。
約一時間後、X線も撮ることが出来て、可能な範囲の検査では健康上には問題なかったけれど、手立てはないユノが戻った。
髭を剃られていて、驚く。
「どうやったんですか?」
さっきまでの緊張やらが吹っ飛んだ。
「なんか細い手術用のやつで剃ってもらった」
「……聴診器置いて来て良かったですね」
「うん」
つづく