夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「密葬 7」ユノ×チャンミンの短編


「ユノ」


テレビの音が耳に入らなくなる。体中の血液がどこかに引いていく。 


「ごめん、チャンミン」


「……いつから?」


「さっき、いきなり」


「全然、見えない?」


「うん」


綺麗な青いシャツがぼやけていくのをこらえた。


「ユノ、ベッド行きませんか?俺が誘導するから。そこで今日は話して過ごそうよ」


「ごめん、チャンミン」


俺は立ち上がろうとした体を止めた。俺を目で追えずに、静止したままのユノを見ながら、心臓が可笑しいほど高鳴る。


「何で謝るの?」


「もう体が動かせない」


喉がひくついて、呼吸がうまく出来ない。少し浮かせた腰をユノの隣に戻した。


「大丈夫だよ、ユノ。じゃあここにずっといようか」


「チャンミン、聞いてくれる?」


抑えていたことを忘れた目の淵から溢れ出す。俺は今にも発狂しそうだった。


「ユノ。大丈夫だよ、このままここにいればいいし」


「チャンミン、聞いて」


黒い瞳が俺を探して、俺の周りに視線を巡らせる。でもこちらの目を捉えられない。


「嫌だ、ユノ」


その顔に近づけて泣いた。
ユノは目と鼻の先にいると分かって、安堵した表情をした。


「ごめんな、チャンミン。ここに来れて本当に嬉しかった」


「何言ってんの?変な事言わないでよ」


涙が噴き出してくる目で、端正な顔を見ながら、ユノに言い聞かせているより自分に言い聞かせている。


「だめだ、ユノ、そんなのだめだ」


悲鳴に近い俺の声をかき消す、明るい声をユノが出した。


「なあ、チャンミン、覚えてる?」


表情が強張っている。それに目を凝らす。口も動かし辛いんだと分かった。


「……何を?」


見えていない目と、視界がぼやけて白濁している目に大差はないかもしれない。
でも自分達は、見据え合っていた。


変わらない瞳、そのもっと下で小さめの唇がぎこちなく動かされた。



「二人で、名を上げようって」



呼吸をとめる。


校舎のベランダから、手を振っている、


八重歯を覗かせて、俺に笑いかけている姿が目の裏に現れた。


「俺さ、ダンスやってたの、忘れてると思うけど、あれ続けてたんだ。もしプロになって、有名になったら、チャンミンに見つけてもらえるかなって」


あの頃に戻ったみたいに、ありありと蘇った。そんな話を何で今までしなかったのか。そして、俺はまだユノと話したいことがいっぱいあると思った。息を吸い込みながら、朦朧とする。


「でも、それは叶った、会えたから」


動悸が増す。目の前の唇が段々と麻痺したみたいに動かなくなっていくのが悪い夢みたいだった。 


「次はチャンミンだよ。二人分、有名になってよ」


その瞳からも浮かんでいるのを、拭おうとした手がすり抜けて行く。
自分の涙は更に溢れた。


「ユノ、嫌だ」


「チャンミン、約束してよ」


「ユノのいない世界でそんなのどうでもいい」


「チャンミン、聞いて」


俺の手が、小さな顔も、伸びた黒髪も、青いシャツも全部すり抜けて行く。


「ユノ、分かったから、俺を置いて行ったら許さない」


「チャンミン、約束してよ」


見えていない目を必死で見つめる。


「分かったから、お願い。ユノ」


「チャンミン、聞いて」


嫌だ、お願いです。


そう叫びながら、その顔を見て、悟った。


ユノはもう、聞こえてもいない。



「ユノ、嫌だ。置いて行かないで。嫌だよ」



瞬きもしないユノが、映像を一時停止したみたいに固まった。



「お願いです。お願いです」



泣き濡れる目を一層開きながら、そう言い終わる前に、まるでそこには、元から何もなかったように、俺の隣は空いていた。









――墓地へ、行こうか。




不眠からと、酒でしか養分を取っていない痩せ衰えた体と思考が緑濃いそこを、妻の眠る場所を頭に浮かべる。
彼の背を、登り来る真夏の太陽が照らし始める。アルコールの脱水症状で乾き、血走ったまなこで男は飽きもせず、付着物を眺めていた。島の花の中で眠る、自分の妻。突出したものは殆どなかったが、指が長く、綺麗だった。台所に立ちその指が様々な料理を作った。山羊汁や漬物を良く男に食べさせた。
その手形がここに、残っている。
確信した。
この道のどこかで、もしくは終着点にその体はあるだろう。今行けばどんな形であれ、自分達は出会うことが出来るはずだ。そして彼女が、動くのなら、やはり自分は対処せねばならない。辺りにとまった油蝉の狂ったように鳴き出したのを聞いて、人の目から逃れるため男は扉の向こうへ踵を返した。
動機が早まるのを感じながら、雑然とした中を見渡す。奥の畳部屋は、役所勤めだった自分の背広などは見る影もなく、隅で丸まり塵と同化している。その模様の殆どになっている、壁に飾られ、床にも散乱する女の衣服に目をやりながら、上がり込んだ。

いつの間にかテレビは、賑やかな番組を流していた。硝子の器に山盛りの削った氷が乗せられて、赤い着色料を濃く溶いた液体がかかっている。それをステンレスのスプーンで頬張る女がコマーシャルで映されている。横目で見ながら、男は、女の長い髪に、その肌艶は若すぎるが、妻の容貌を蘇らせた。自分の前で生き生きと動いていた、たった一人の伴侶の姿を。
緩慢に左上に表示された時刻を見た。同じ時間まで待とうと思った。昼間は人目に付き過ぎるのと、その前にすることがあると、鈍い感覚のまま、冷房のリモコンを目で探した。男は、この部屋を冷ましたかった。その他にも、様々な工夫を、ここに施さなければならないだろう。話すことは出来ないのかもしれない、けれど、自分の言う事を理解している。脱臭剤やその体に巻き付ける吸着剤も必要かもしれない。


妻をここに、迎え入れよう。


先程怯んだ自分の不甲斐なさや、あの時だけの霊異と言う可能性を忘れるように黙々と車を出し、用意をした。
粘着テープで窓枠を固定し、目張りをした。カーテンの上から更に段ボールをかぶせ、窓を覆う。電気をつけ床にビニールシートを敷き、脱臭剤をばらまいた。その頃になると、辺りは暮れていたけれど、部屋には日も入らなければ、音も窓から入らない、男はただただ作業に徹していた。
最終的に、外界とを繋ぐのは冷房の通風孔、玄関のみとなって、男は冷気の恩恵をここでやっと受けたように、只でさえ水分量の低い体から沁み出た汗を乾かす。冷蔵庫からビールの缶を取り出し一気に飲み干した。室内を眺め、自分の成果を確認し、再びテレビに目を向けた。



画面は砂嵐だった。














つづく

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