夢の続き

東方神起、SUPERJUNIOR、EXO、SHINeeなどのBL。
カテゴリーで読むと楽です。只今不思議期。

「世界最後の日 後編」ユノチャンミン 誕生日記念短編


45度に傾いた直線が描かれている。
十字についた線を斜めに横切るそれは、光の軌跡だ。
それを頭の隅に置きながら、5分の1ほど読んだところで、表紙全体を見た。
出版社の名前も何も記載されていない。著者の名前も。
早まろうとする鼓動を落ちつけるため、周りに視線を送った。
止まったまま。
これは、特殊相対性理論だ。
この本に書かれているのは、現在も語り継がれている理論物理学者の光速の原理。
訝しく細めた視野の端で、テーブルの上に貼り付けられた手書きの筆跡のみが、その存在を示している。
本人は消えた。
その付箋に示された通り、残されているのは俺だけ。
動いているのは俺だけ。
気が滅入るどころか、気を抜けば自分も、横に座ったマネキンのようなマネージャーみたいにならないかと願ってしまう。
持っていた本を叩きつけるように、テーブルに置いて、残りの所持品を調べた。
ユノの携帯電話は画面がつかない。
頭をかきむしりたくなりながら、意味が無いことは、今は本当に意味が無いと、その手でゲーム機はスイッチを押しても電源は入らず、時々何か書いていた手帳は持って来ていないようで、見当たらない。
最悪消えた人間のマンションに行くことも考えて、その扉は何で破れるのだろうと、溜息をついた。
あれからどのくらい経ったのかあやふやになりながら、腹は減らないし、眠気も襲っても来なくて、自分にも何か適応されているのかと考える。
軽くセットされただけなのに、乱れることがない雰囲気の黒い短髪を手で梳いて、渋々また、それを開いた。
噛み砕いてまるで子供の語り口で伝えながら、これは有名な理論を使用した応用だった。
そんなことが出来るはずがないと思いながらも、読み進めるとあながち荒唐無稽にも感じなくなってくる。
いなくなってしまった人間に、恨み混じりに苛立っていたのが、段々と背筋が冷えるような、冷水にでも浸かった気分になって来て、再度手を止めた。
口元をもう一方の手で塞ぐ。
こんなことがまかり通るなら、すぐにでも世界は止められる。
事実、そうなっている。
この本は何だ。
そこで気付いた。ページの下の走り書きに。


『2/18』


笑いのとれた表情でボールペンの字を見つめた。
ユノの字。
これは俺の誕生日だ。
目を離さず、それが何だ?と考えて、ふと思い出した。
この前の誕生日、ユノがケーキを届けた。
だけど、直接ではなくて、自宅にいきなり来られたから、俺は友人達と別の場所で祝っていた。
帰宅してドアにかけられてあるのを見て、ここまで入って来れる人間は限られているし、初めてで困惑したけれど、やり方が彼らしかったから、すぐに聞いた。
本人も肯定したから、礼を言って終えた。
他の誕生日は?と思い出しても、思い浮かばない。
それだとして、それが何だ?
俺の携帯電話で確認しようとしても、ロック画面で止まっていた。
空いたソファーに投げつけると、跳ね返った状態で半分空中に浮かんで静止する。
狂いそうだ。
何で俺だけなんだ。
呆然とした視界の中で、ユノの字が浮き上がる。
自分と同じでそんなに上手くない。
眺めて、また手をかけた。
頭が参ってくる。
何の変哲もない紙をめくりながら、科学誌のたぐいなんて普段目にもしないのに、こんなものを詰め込まされて。
要は、時間移動だった。
けれどもし例え、移動できたとしても、過去には行けない。多方向の移動は出来ない。
なら、未来、現在以外に同じ時間軸上でも、もう一つ視点を設定すれば、現在だったものが過去になり、もう一つの視点が現在に、本意での移動はしていないものの、簡易的な多方向の時間移動になりうると言うものだった。
これは一人の人間が光の速さを超えた時に起こる、その人間の中だけの世界に、第三者を設定する。
速度を上げれば時間は遅くなり、それが一定の早さを超えられれば、周りの時は止まったように見える。
水爆級のエネルギーを要するところを、全て自然の中の条件を揃えて施行する方法。
第三者の設定方法。
疲労も感じないのに休憩しながら、ほぼ読み終えて、笑いでもこみあげるかと思いきや、俺は表情を忘れたようになった。
言葉も発さず、押さえなくても開かれて留まる本を置いて、隣のマネージャーを見る。
湯気が見えている紙コップを持ったまま、きっと一ミリも動いていない。
彼と会話が出来ていた時なら、ファンタスティックな机上の空論だと笑ったかもしれなかった。
自分が青ざめて行くのが分かった。
時間がユノに、集約された。
これはユノが見ている世界で、この本はそれの仕方だ。
ユノは、これを実行した。
でも映画みたいな時空移動をしているわけじゃない。
この移動は次元を超えるだけ。誰もいない場所で、独りで。
俺以上の孤独を、味わっているだろう。
世界を止めてまで、長年一緒に仕事をしてきたあの相手が、そんなことをしたがるとは思えなかった。
何か理由がないと。
そして、それは多分、第三者というものに設定された、唯一動いている俺だけが関わっている。
俺は残していた本の数枚に、そっと目を通した。
誕生日。
ケーキのプレートに書かれた、ユノにしては珍しく情のこもったメッセージに、戸惑ったのを思い出していた。


『これからもずっと隣にいてほしい』


あの時は、気持ち悪いとまではいかないけれど、日頃の感謝をあまり言葉で表現することがない自分達には大袈裟に感じて、くすぐったい気持ちになった。
まさかだろう。深読みし過ぎか。
俺に対する、兄弟のような仕事仲間と言うユノの態度は一貫していた。
何か見出そうと読んだ最後の数枚には、第三者の、先の人間の後を追うように集約される方法が書かれていた。
俺は、呼吸を止める。
一つ一つが小さく整えられた顔が言った台詞が蘇った。



『世界最後の日に誰に会いたい?』



手元を見つめて、気が遠くなる感覚を覚えながら、



俺はチャンミンに会いたいよ



と、一言書かれた付箋が、終わりのページに貼り付けられているのを剥がした。



誰にも知られないように。自分と言う同性にした恋を、こんな形でしか伝えられなかった、格好や男気というものにこだわっていたパートナーに、手の中の付箋を眺めながら、愕然とする。


その名前を言わない俺の答えも予想していて。



まさに一世一代の愛の告白だ。



言うよりも、これは脅迫に近い。



なぜならこの方法では、ユノと生きるか、ここにいるかの二択しかないに等しかった。


読み返して、逡巡して、そして諦めた。


きっと、俺を待っている。


そんな得体のしれないことなど本来ならお断りだけれど、老いもしない、話し相手もいない永遠の時を過ごすくらいなら、追いかけよう。
ほんの少しだけなら、戻る可能性もあるのだから。
腹を括った俺は、本片手にあのスタジオに入った。
書かれてある通りに、全てを合わせる。終わりに、止まっている空気を言葉で動かした。


エントロピーが増大していく。


同じ質問と、違う答え。
その名前を言い終えるやいなや、目の奥から滲むような光が視界に漏れた。
黄緑色の儚いそれが、ぽろぽろと丸く漂って行く。


蛍。


立っている三次元が歪んだ。
淡い光と共に、まるでとろとろとした液体の中に入った。
口を開けると水のようにそれが入り込みそうなのに、そうならない。
視界は眩しい水中だった。
勝手に移動していくのではなかった。
どこかを自分は歩いている。
この方法で行けば、必ず集約した人間に会えるはずだけれど。
早く動けば液体の粘度が高くなった。
光に覆われながら、どのくらい経ったか。
足掻きながら俺の覚悟が、会いたいと言う一心に変わってきた時。
指先が何かに触れた。
そして、それを掴む。
立ち止まると、潮が引くように液体が引いた。


夜の水面だった瞳の大きな目は、丸く開かれていた。
ヘアメイクにされたまま、全く乱れていない。
黒の衣装も同じだった。



「……チャンミン」



肩を掴まれたユノが、見たことのない時空で振り返って、呟いた。
透明な泥に囲われたような無の中だった。



「ごめん。好きだったんだ」



俺しか見るもののない景色なのに、遠くを見るような眼差しで、ぽつりと告げられた。



「知ってますよ。だから追って来たでしょう」



おどけて微笑むと、



「ごめん。ごめん」



と、俯いたユノが、珍しく涙声になった。


一つ一つが俺より小さい顔を眺めて、あまり自分と変わらない背の高い体に腕を伸ばした。


黒っぽい目を見開く相手に、俺の気持ちが追い付くほど長かった旅と、同じくらいの長いキスを。



誰にも知られないように。見たことのない時空の中で。



動くと、液体の中に入って行く。



それでも俺達はもがきながらした。



きっと戻れない。
もし戻ることが出来たら、この関係も元通りにするはずだ。ユノも俺も。
俺は諦めている。
だけど、方法はある。
それはこの時空に住む第三者に出会った時、それに目蓋がついた目があるのなら、やり方は簡単。
まるで画面の向こうから見るような誰かに一度。


まばたきをしてもらうだけ。












『世界最後の日』おわり

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